若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!
 カレンが落馬した翌日。
 ジョンズワートとその両親……デュライト公爵と夫人の三人が、アーネスト伯爵家にやってきた。
 カレンは詳細を聞かされていなかったが、ジョンズワートがカレンに怪我をさせた件で話をしにきたことぐらいはわかった。
 当然、自分も同席するものだと思っていたカレンだが。
 大事な話をするから待っていなさい、と別室に残されてしまった。
 ジョンズワートに会えると思って、お気に入りのドレスまで着たのに、あんまりだ。

 デュライト公爵が「カレン嬢に」と持ってきた菓子をつまみながら、カレンは頬を膨らませる。

「ねえ、チェストリー。おかしいと思いません?」
「はあ……。公爵様が、お嬢の好みドンピシャのお菓子を持ってきたことについてですか」
「ち・が・い・ま・す! どうして貴方はいちいち話を脱線させるのです! それに、ジョンズワート様がご子息なのですから、私好みのものが出てきても何もおかしくないのですよ?」
「ああ、はい、そうですねー」
「まったくもう……!」

 チェストリーの投げやりな返事に怒りながら、カレンはティーカップに口をつけた。
 ジョンズワートなら自分の好みを知っていて当たり前。そう取れる発言をした彼女だが、照れる様子はなく。
 むしろ、これくらい当たり前じゃありませんか! と言いたげにぷんぷん怒っている。
 主人の無自覚の惚気に、チェストリーも、はは、と乾いた笑いを漏らすしかない。


 従者であるチェストリーは、カレンの5つ上の17歳。
 ジョンズワートより暗い金髪に、切れ長の黒い瞳。
 髪は長く、高い位置で1つに括っている。
 細くさらさらで、指通りのよさそうな髪は女性が羨むほどに美しい。
 各パーツの配置、輪郭や鼻筋。どれをとっても完璧と呼べるほどに整っており、大変見目麗しい青年だ。
 黒い燕尾服がよく似合う。……というより、彼が着ればどんなものでも「そういうファッション」になってしまうだろう。
 黙っていれば、精巧に作られた人形のような美形なのだが……本人は、主人であるカレンに対してよく軽口を叩いている。
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