新そよ風に乗って 〜憧憬〜
「何か、お手伝い出来ることがあれば……」
「矢島さぁん」
エッ……。
その声は佐藤君のもので、こちらに向かって走って来る足音が聞こえる。
第2担当と会計は右端と左端なので、殆ど席からは見えない。まして、奥まっている会計は、キャビネットで他の部署からは死角になっている。ただ、これは高橋さんが目隠し代わりに敢えてそうしているのだけれど。
「一緒に帰……」
声と同時に佐藤君の姿が見えて、高橋さんがまだ居ることを知らなかったのか、佐藤君は驚いた顔をして固まってしまった。
「お、お疲れ様です」
「お疲れ様」
「佐藤君。どうしたの? 佐藤君の資料まで、私が一緒に持って来ちゃった?」
慌てている様子だったので、机の引き出しにしまった資料をもう1度確認しようと引き出しに手をかけた。
「あっ! ああ。いや、その……あの……じ、事務所の鍵の返却を、お願い出来ますか?」
「ああ。分かった。俺が返しておく」
「そ、そうですか。では、よろしくお願いします。お先に失礼します」
「お疲れ様」
佐藤君はお辞儀をすると、一目散に事務所を出て行った。
何?
佐藤君って、何だか面白い子だな。何事かと思ったら……。
騒々しかった佐藤君のことを、そんな風に思ってしまった。
「フッ……」
エッ……。
今、高橋さんが僅かに笑った声を、聞き逃さなかった。
「どうかしましたか?」
「いや……。さて、俺もそろそろ帰るかな。偶には、飯でも食っていくか?」
「えっ?」
予期せぬ言葉に驚いた声を出してしまったが、寧ろ高橋さんの方がその声に驚いて目を丸くしながら後ろに体を引いていた。
「何だ? 何で、そんな驚いた声を出しているんだ?」
「い、いえ、その……いいんですか?」
高橋さんと一緒に食事に行かれるなんて、今の私にとっては夢のよう。嬉しいなんてもんじゃない。
「嫌なら、誘わないだろう?」
「は、はい」
もぉ、もぉ。
今夜は、興奮して眠れないかもしれない。
予想外の嬉しいお誘いで、久しぶりに高橋さんの車に乗って食事に行くことになった。
そして、イタリアンレストランに連れて行ってもらったが、メニューを選ぶのにまた迷ってしまい、高橋さんがピックアップしてくれてようやく落ち着くというパターンは、相変わらず。
成長していない、私……。
そんな何もかもが、まったく前と変わらない。
生活も何も変わっていないし、仕事内容もまるっきり一緒。
でも……。
唯一、欠けているもの。
それは、高橋さんと昔みたいに仕事以外の時間のプライベートな時間では会えないだけ。だけど、それも今日は特別かもしれないけれど会えている。
だとすると……そう。
所謂、ラブラブが出来ない。出来るはずもない。
高橋さんと、今もこうして一緒にいるのに。
こんなに、傍に居るのに。
分かってはいても、やっぱり寂しい。
待っているって決めたのに、我が儘な私。ないものねだりばかりしてしまっている。
待っていれば、必ず待ってさえいれば、高橋さんは何時か必ず私と向き合ってくれる。でも、それが何時という期限も保証もない。ただ、信じて待つのみであって……。
何だか、食事をしていても無口になってしまっていた。
「どうかしたのか?」
エッ……。
高橋さんが、私の顔を覗き込んだ。
それに対して、咄嗟に声が出なくて首を横に何度も振ることだけしか出来ない。
「出よう」
高橋さんが、立ち上がろうとする仕草を見せた。
食事も終わってコーヒーを飲んでいたが、高橋さんのその言葉で飲みかけのコーヒーカップを置いて、直ぐにテーブルを後にした。
しかし、お店を出てからも足取りは重く、殆ど口数の少なくなってしまった私を高橋さんは助手席のドアを開けて待っていてくれて、そのまま高橋さんの車は私の家へと向かっていた。
「矢島さぁん」
エッ……。
その声は佐藤君のもので、こちらに向かって走って来る足音が聞こえる。
第2担当と会計は右端と左端なので、殆ど席からは見えない。まして、奥まっている会計は、キャビネットで他の部署からは死角になっている。ただ、これは高橋さんが目隠し代わりに敢えてそうしているのだけれど。
「一緒に帰……」
声と同時に佐藤君の姿が見えて、高橋さんがまだ居ることを知らなかったのか、佐藤君は驚いた顔をして固まってしまった。
「お、お疲れ様です」
「お疲れ様」
「佐藤君。どうしたの? 佐藤君の資料まで、私が一緒に持って来ちゃった?」
慌てている様子だったので、机の引き出しにしまった資料をもう1度確認しようと引き出しに手をかけた。
「あっ! ああ。いや、その……あの……じ、事務所の鍵の返却を、お願い出来ますか?」
「ああ。分かった。俺が返しておく」
「そ、そうですか。では、よろしくお願いします。お先に失礼します」
「お疲れ様」
佐藤君はお辞儀をすると、一目散に事務所を出て行った。
何?
佐藤君って、何だか面白い子だな。何事かと思ったら……。
騒々しかった佐藤君のことを、そんな風に思ってしまった。
「フッ……」
エッ……。
今、高橋さんが僅かに笑った声を、聞き逃さなかった。
「どうかしましたか?」
「いや……。さて、俺もそろそろ帰るかな。偶には、飯でも食っていくか?」
「えっ?」
予期せぬ言葉に驚いた声を出してしまったが、寧ろ高橋さんの方がその声に驚いて目を丸くしながら後ろに体を引いていた。
「何だ? 何で、そんな驚いた声を出しているんだ?」
「い、いえ、その……いいんですか?」
高橋さんと一緒に食事に行かれるなんて、今の私にとっては夢のよう。嬉しいなんてもんじゃない。
「嫌なら、誘わないだろう?」
「は、はい」
もぉ、もぉ。
今夜は、興奮して眠れないかもしれない。
予想外の嬉しいお誘いで、久しぶりに高橋さんの車に乗って食事に行くことになった。
そして、イタリアンレストランに連れて行ってもらったが、メニューを選ぶのにまた迷ってしまい、高橋さんがピックアップしてくれてようやく落ち着くというパターンは、相変わらず。
成長していない、私……。
そんな何もかもが、まったく前と変わらない。
生活も何も変わっていないし、仕事内容もまるっきり一緒。
でも……。
唯一、欠けているもの。
それは、高橋さんと昔みたいに仕事以外の時間のプライベートな時間では会えないだけ。だけど、それも今日は特別かもしれないけれど会えている。
だとすると……そう。
所謂、ラブラブが出来ない。出来るはずもない。
高橋さんと、今もこうして一緒にいるのに。
こんなに、傍に居るのに。
分かってはいても、やっぱり寂しい。
待っているって決めたのに、我が儘な私。ないものねだりばかりしてしまっている。
待っていれば、必ず待ってさえいれば、高橋さんは何時か必ず私と向き合ってくれる。でも、それが何時という期限も保証もない。ただ、信じて待つのみであって……。
何だか、食事をしていても無口になってしまっていた。
「どうかしたのか?」
エッ……。
高橋さんが、私の顔を覗き込んだ。
それに対して、咄嗟に声が出なくて首を横に何度も振ることだけしか出来ない。
「出よう」
高橋さんが、立ち上がろうとする仕草を見せた。
食事も終わってコーヒーを飲んでいたが、高橋さんのその言葉で飲みかけのコーヒーカップを置いて、直ぐにテーブルを後にした。
しかし、お店を出てからも足取りは重く、殆ど口数の少なくなってしまった私を高橋さんは助手席のドアを開けて待っていてくれて、そのまま高橋さんの車は私の家へと向かっていた。