新そよ風に乗って 〜憧憬〜
「我慢しないで泣きたい時は泣いていいし、それに……此処も空いてるから」
佐藤君は、拳で胸を叩いてみせた。
ああ……この仕草、高橋さんが昔やっていたな。
駄目……。
思い出すと、一気に高橋さんへの思いが溢れてくる。
束の間でもいい。
せめて高橋さんに触れられたら、どんなに幸せだろう。
一瞬でもいい。
甘えられたら、どれだけ嬉しいか。
ふとした心の隙間に歪みが生まれて、思いとは裏腹に吸い寄せられるようにして、そっと佐藤君の胸に額をくっつけていた。
そんな私を、佐藤君が引き寄せるようにして抱き締めた。
「ちょ、ちょっと、佐藤君。離して」
「何もしないから。ジッとしてるから、泣いていいよ」
満点の星空の下、高橋さんが手を広げて私を抱きしめてくれた。
『よく頑張ったな』 って。
高橋さん……。
あの頃に、戻りたい。
高橋さんの声が、聞きたい。
ああ、高橋さんの香りがする。
高橋さんへの思いで溢れてしまったら、錯覚まで起こしてしまうなんて、本当に重症だ。
この香りに包まれて、高橋さんに触れたい。
あれ?
やっぱり、高橋さんの香りがする。
佐藤君?
もしかして、高橋さんと同じ香りをつけているの?
ううん、違う。佐藤君じゃない。
ほんのりと香る、高橋さんのアロマ。
風に乗って、右の方から……。
高橋さんの香りに誘われるように、佐藤君の胸から額を離し、右側を見た。
エッ……。
嘘……でしょう?
何で?
どうして居るの?
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