新そよ風に乗って 〜憧憬〜
「う……ん」
頷くしかなかったけれど、まゆみの言う通りだった。
でも、それが分かっていても、実際なかなか行動に移せない。勇気がない。
自分の性格に、本当に嫌気が差す。
「まあ……ハイブリッジのことだから、何となくすべてお見通しのような気もしないでもないけどね。ただ、楽観は出来ないわよ。人の気持ちなんて、分からないから。陽子のことを思う故に身引くっていうのも、あの男なら考えそうだし……。だからこそ、陽子からきちんと言わないと」
「うん。ありがとう……まゆみ」
本当に、まゆみには頭が上がらない。
そんなパワフルなのに、大人なまゆみに憧れる。まったく、私とは正反対の性格。私が持っていないものを沢山持っていて、常に羨望と憧れの眼差しで見てしまう。
同い年なのに、お姉さんみたいだ。
「それじゃ、またね」
まゆみと別れ、また現実の世界に引き戻された。
重い足取りで事務所に戻って、書類の山と格闘中に何気なく顔を上げると、居るべき人の姿がそこにあった。
視線の先には高橋さんが座っていて、嫌でも視界に入って来てしまう。
電話の会話の声も聞こえてくるし、高橋さんの外出でもない限り、仕事で話を毎日会社に居る時は必ずと言っていいほどする訳で……。
こんなに近くに居るのに、遠い存在。
日々、決算業務に追われながら、何時か言わなきゃ。ちゃんと謝らなければと思いつつ、仕事に関係ない話をするのはどうも気が引けて、声を掛ける勇気が出ない。拒絶されたら……と思うと、益々機会を逸し、そうこうしているうちに刻々と時が経ってしまい、そのひと言が言い出せなくて突破口を見いだせないでいる。
そんな私に、中原さんは何気なく気遣ってくれているのか、不自然な行動にも何も聞かずに居てくれた。
未払い計上の締めと、決算が重なった金曜日。なかなか仕事の区切りがつかず、残業でかなり遅くなってしまった。
お腹が空いているのか、疲れているのか。頭もボーッとしながら帰り支度をしていると、中原さんがとんでもないことを言い出した。
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