新そよ風に乗って 〜憧憬〜
うっ。
久しぶりに高橋さんと間近で目が合ってしまい、慌てて俯いた。
エレベーターは、地下2階に向かってしまう。何とかしなくちゃ。
このまま地下2階に着いたら、そのまま降りずに戻ろう。
「あの……」
高橋さんの左手に掴まれている右手首をジッと見つめながら、勇気を振り絞って言葉を発した。
「こんな遅くに用事なんて、本当はないんだろう?」
咄嗟に、返す言葉が見つからない。
「そうなんだろう?」
「そ、それは……」
高橋さんの瞳が、私を捉えて離さない。
でも、その言い方は決して怒ってるわけでもなく穏やかで、そして私を諭すような言い方だった。
久しぶりに聞く、高橋さんの包み込むような声。
狭い空間の中にあって接近しているため、懐かしい高橋さんの香りがほんのり鼻腔を刺激した。
地下2階でエレベーターのドアが開いたのに、高橋さんはそんなことなど気にもせず、右手首を掴んだまま、ジッとその瞳が私を捉えている。
『ドアが閉まります』 と、時間が来て機械的な声がアナウンスされると、エレベーターのドアが閉まってしまった。
「あっ……」
エレベーターのドアが閉まった音に反応して、思わずドアの方へ視線を移したが、高橋さんは何事もなかったように開のボタンを押すとドアが開いた。
「取り敢えず、一緒に来い。いいな?」
ぎこちなくだが頷くしか応えようもなく、一緒にエレベーターを降りて高橋さんの車まで行ったが、中原さんも乗るので後部座席に座る旨を告げると、高橋さんが後部座席のドアを開けてくれた。
地下駐車場から地上に出て、中原さんが立っている横に車を付けると、中原さんは助手席のドアを開けたが、車には乗らずに体を屈めながら顔だけ車内に覗かせた。
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