新そよ風に乗って 〜憧憬〜
「すいません、高橋さん。俺、後ろの車に乗って帰ります」
「ん?」
高橋さんは、中原さんの言葉に反応してルームミラーで後ろを見ていたので、私も振り返って後部ガラスから後ろを見ると、1台の真っ赤な車が停まっているのが見えた。
「彼女が迎えに来ていて……。まさか、来てるとは思ってなくて。本当に、すみません」
中原さんは、バツが悪そうに頭をポリポリ掻きながら赤面している。
「気にするな。早く行ってやれ」
高橋さんは、左手の親指で後ろを指さしながら中原さんにそう言った。
「はい。それじゃ、お疲れ様でした。矢島さんもお疲れ様」
「お疲れ様」
「あっ。お疲れ様でした」
中原さんは、チラッと後部座席に座っている私にもそう告げると、助手席のドアを閉めて後ろの車の方に向かって走って行ってしまった。
中原さん。彼女が、迎えに来ていたんだ。
でも、そうなると……。
そして、中原さんを乗せた赤い車が高橋さんの車の横を通る時、一旦停まって助手席に座っている中原さんが車の中からお辞儀をしていた。
高橋さんは軽く手を挙げ見送ると、そのまま後部座席に座っているこちらを見た。
「前に来たら、どうだ?」
「えっ? あっ。でも……」
「運転手みたいで、嫌だ」
エッ……。
運転手みたいって。
「あっ……は、はい。今……」
後部座席のドアを開けて外に出たが、すでに心臓がドキドキしている。
久しぶりに高橋さんの車の助手席の乗ることになってしまい、どうしていいのか分からない。
覚悟を決めて、助手席に座ってドアを閉めてシートベルトを締めた。
「何処、行きたい?」
「えっ?」
いきなり聞かれて、戸惑ってしまう。
「俺、行きたいところがあるんだが、そこでいいか?」
「あの……」
出来れば、この場から立ち去りたい気持ちと、偶然にも仕事以外で高橋さんと一緒にいられることになった嬉しい気持ちが、交互に押し寄せて来る。
「フッ……。それとも、また用事か?」
うっ。
高橋さんは、すべてお見通しらしい。
黙ったまま、首を横に振った。
「じゃあ、決まりだ」
直ぐに高橋さんは、車を発進させた。
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