新そよ風に乗って 〜憧憬〜
「どうした?」
酔っているせいか、無意識に大胆な行動に出てしまったそんな私にも動揺すら見せず、高橋さんはその動作を止めることなく後ろを見ながら車をバックさせて、通りに出てサイドブレーキを踏むと私の方を見た。
「ん?」
優しい声。
でも、今の私は高橋さんに甘えてはいけないんだ。
居心地の良い場所から、も垂れかけていた頭を戻して高橋さんに向き直った。
「ごめんなさい。私……」
高橋さんは、微笑みながら私の髪を左手で撫でた。
エッ……。
「帰るぞ」
そんな……・。まだ、話は終わっていないのに。
もう、私の話は聞いてもらえないの?
でも、不思議と焦る気持ちはなくて食事をする前とは違う感じがするのは、お酒の力も借りて饒舌になっているせいかもしれない。
楽しい時というのは、直ぐに時間が経ってしまうもので、あっという間にマンションの前に着いてしまった。
高橋さんが、サイドブレーキを踏み込むと同時にこちらを向いた。
「いいよ。さっきの話の続き、聞かせてくれ」
「えっ?」
いきなり言われて、戸惑いながら高橋さんの顔を見た。
「落ち着いて聞きたかったから、さっきは悪かったな」
高橋さんが、また私の頭を撫でた。
「高橋さん。あの……」
「ん?」
私の髪を撫でていた高橋さんの左手が、そのまま右耳横に移動すると、右頬に掛かっていた髪の毛を掻き分けてくれていた。
「ごめんなさい。私……」
高橋さんが、左手の動きを止めた。
「知ってる」
その声は、とても冷たく胸に突き刺さるような物言いだった。
「えっ?」
高橋さん。何を知ってるの?
「私、佐藤君と……その……あの時は、どうかしてて……」
「俺は、そのことについてどうこう言える立場にないから何も言わない」
「でも……」
「お前が、謝る必要もない」
私の言葉を遮るように言い放つと、シートベルトを外して高橋さんは車から降りてしまった。
高橋さん。怒ってる?
ううん。
怒ってるとか、そんなんじゃない。
高橋さんが、助手席のドアを開けてくれた。
きっと、私に降りろという暗黙の意思表示。
黙ってバッグを持って、助手席から降りた。
もう、どんな言い訳も受け容れて貰えないのかもしれない。
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