新そよ風に乗って 〜憧憬〜
出張先の国名のところに、U.S.Aと記されている。
しかも、帯同者氏名のところには矢島陽子と。
「何だ?」
「いえ……」
聞くことを、忘れてしまっていた。
「矢島さんも、自分の仮払い申請を出しておいてくれ」
「はい」
出張の日程を見ると、ロサンジェルス、サンフランシスコ、ボストン、ニューヨーク。4ヵ所だ。
ニューヨーク……。
1人社食でランチを食べながら、先ほどの書類の内容を思い出していた。
ニューヨークに、また行くんだ。
あの場所。約束した、あの場所には……。
「此処、いい?」
「あっ。はい」
遅れて中原さんが来て、一緒にランチを食べながら出張の話になった。
「高橋さんと、また出張行くんだね」
「そうなんです」
気が重いせいか、声のトーンが低くなってしまった。
「あまり、乗り気じゃないみたいだね」
「そ、そんなことは……」
「何があったのかよく分からないけど、大丈夫だよ。高橋さんはそういう人じゃないって、矢島さんがいちばんよく知ってるだろ?」
「えっ?」
「ちゃんと、公私は分けてる人だから。大丈夫」
中原さん。
公私を分けてる人だからこそ、尚更辛かったりもするんだ。
仕事なのに、そんな利己中心的な考えが脳裏を掠める。
「何時から行くの?」
「11月30日からです」
「何? また、部内旅行の翌日からなんだ」
そういえば、3月の時もそうだった。すっかり忘れていた。
11月28日の金曜が部内旅行の日で、出張の出発日が11月30日。
3月も、同じように部内旅行の翌日から出張だった。
「何日間?」
「また2週間なので14泊16日で、帰りは15日の月曜に日本に着く予定です」
そんな長い期間、高橋さんと一緒に居て耐えられるだろうか?
3月の時も、確かそんなことを考えてしまっていたけれど、あの時とは違う。
あの時は、未知数に溢れていたけれど、今回は何だか高橋さんのことを知れば知っただけ、複雑な思いと辛さが伴ってきている。
< 141 / 311 >

この作品をシェア

pagetop