新そよ風に乗って 〜憧憬〜
「頑張って」
「えっ?」
「じゃあ、お先に」
中原さんは会議があるとかで、食べ終わると席を立って行ってしまった。
頑張ってと言われても……何を頑張ればいいの?
私には、もうどうすることも……。
意を決して想いをぶつけたけれど、高橋さんは応えてはくれなかった。
応えてくれようとしたのかもしれないけれど、それを私が拒んでしまったのだから、もう何も出来ない。
出張のことでただでさえ気が重いのに、金曜日は決算が終わって再開された旅行の打ち合わせを佐藤君と会議室ですることになっていて、気が進まないまま会議室に向かう。
「矢島さん。また、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
佐藤君に会って話をするのは、あの時以来だった。
事務所内で擦れ違ったりはしていたが、挨拶程度で面と向かって話をするのはあの日以来だ。
しかし、お互いに気まずさもあってその話に触れることもなく、旅行の打ち合わせは終わった。
「それじゃ、また。お疲れ様」
佐藤君に挨拶をして、会議室から出ようとした。
「1つ、聞きたかったんだけど」
「えっ? 何?」
ドアを開けようとしていた手を止めて、佐藤君を見た。
「矢島さんって、高橋さんと付き合ってるの?」
エッ……。
唐突に聞かれて、思いっきり狼狽えてしまった。
「この前、高橋さんが矢島さん家のマンションの前に居たよね? あれって……会いに来てて、俺と矢島さんが抱き合ってるところを見られちゃったんでしょ?」
な、何?
佐藤君は、いったい何が言いたいの?
「別に、佐藤君には関係ないでしょう?」
「でも、俺……気になるし」
もう、嫌だ。
本当に、勘弁して欲しい。
「本当に、関係ないから。悪いけど急いでるから、それじゃ」
会議室から出て、急いで席に戻ろうと通路を足早に歩き出した。
「待ってよ」
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