新そよ風に乗って 〜憧憬〜
あっ……。
そうだった。
あの時は、勢いで言ってしまったけれど……どうしよう。
さっき土屋さんが、高橋さんとはロビーで会っていたと言っていたから、ただの取り越し苦労だって分かったことだし……。
今更、お臍のところに黒子があるかどうかは、見なくても良くなっちゃったというか、見せて下さいなんて言っちゃったことだけでも恥ずかしいのに、実際に高橋さんのお臍を見るなんて、そんなの考えただけで赤面しちゃう。
「ほら。 いつまでも座ってないで、降りるぞ」
「あ、あの……私、このまま帰ってもいいでしょうか? あ、あれです。 出張の準備も、まだ出来ていないので」
高橋さんが運転席から降りようとドアを開けたので、慌てて呼び止めた。
「だぁめぇ」
振り向きざまに高橋さんは、左手の人差し指をくるくると私の顔の前で回しながら、運転席から降りてしまった。
どうしよう。
やっぱり、降りないと駄目だよね。
ああ。 
どうしたらいい?
焦っているうちに、助手席のドアを開けられてしまった。
「はぁやぁくぅ。 お前が、言い出したんだろ?」
「あ、あの……」
うわっ。
すると、いきなり高橋さんに左腕を掴まれ、車から降ろされてしまった。
「ちょっと、此処で待ってろ」
そして、エントランスのオートロックを解除すると、高橋さんはロビーのソファーに私を座らせて、車庫に車を入れに行った。
高橋さんが車を車庫に入れに行っている間、この状況をどう切り抜けたらいいのか、酔っている頭で必死に考えようとしたが、何も思い浮かばない。
そうこうしているうちに、高橋さんがオートロックを解除してロビーに入ってきてしまった。
「お待たせ」
「あっ……い、いえ、その……」
「行こうか」
「行こうかって言われても……その、やっぱり私、帰ります」
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