新そよ風に乗って 〜憧憬〜
「俺、また車出して運転するのは、もう面倒。 ほら、乗るぞ」
「えっ。 あ、あの、困ります」
「何が?」
「それは、その……」
エレベーターに乗って高橋さんの部屋まで行く間、もう恥ずかしくて仕方がない。
何で、あんなことを言ってしまったんだろうと、後悔の気持ちでいっぱいだった。
高橋さんが玄関のドアを開けてくれて、中に入ってリビングのソファーの前まで行くと、ずっとふらふらしていた私の腕を掴んだままだった高橋さんが、手を離してソファーにそっと座らせてくれた。
「着替えてくる」
「は、はい」
「逃げるなよぉ」
うっ。
振り返りながら高橋さんはこちらを指さすと、自室に入って行った。
高橋さんの後ろ姿を見ながら、お臍、お臍。 本当に見るの? どうしよう。
それだけの単語を、何度も唱えるように頭の中で繰り返していた。
だが、この状況を乗り切る術も見つからないうちに、高橋さんがTシャツといつもの膝丈の短パン姿で登場して、キッチンの冷蔵庫から缶ビールを持ってソファーに戻ってきた。
しかし、缶ビールは1本しか手に持っていなかったので、多分もう私は飲ませてもらえないことが、この時点で分かった。
高橋さんが缶ビールを開けて、喉が渇いていたのか結構な量を飲むと、テーブルの上に缶を置いた。
「さて、どうする? 陽子ちゃん。 俺の、お・へ・そ。 見たいんだろ?」
ヒッ!
いきなり、直球で来られてしまった。
「あ、あの……も、もう何だか、その……見なくても良くなったというか……大丈夫というか、良くなりましたからぁ。 アハハッ……ハハッ……」
顔の前で、No Thank youのポーズを両手で振って見せて、必死に高橋さんに訴えた。
「遠慮しなくていい。 でも、お前。 男の裸が見たいとかって、どういう意味か分かってるんだよな?」
「そ、それは……」
高橋さんは、口元を少し吊り上げながら怪しく微笑んだ。
「や、やっぱり私、帰りま……キャッ……」
急いで立ち上がろうとして、ふらついた拍子に高橋さんに腕を掴まれ、そのままソファーに押し倒されてしまった。
「は、離して……下さい」
「離さない。 お前がどんなに辛いか分かっていたので、頭がおかしくなりそうで」
エッ……。
「俺は、この何週間もの間、お前のことしか考えてなかった」
「高橋さん……」
思ってもみなかった言葉に、真上に居る高橋さんを見上げた。
高橋さんの目はとても眩しそうに、そして寂しそうな瞳をしている。
本当の気持ちなの?
それは、本心なの?
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