新そよ風に乗って 〜憧憬〜
「あの……此処、何処ですか?」
高橋さんが、運転席のドアを開けて外に出た。それと同時にスッと冷気が車内に入ってきて少しだけ空気が動き、外に出た高橋さんの姿を目で追っていると、助手席側に回って来たので此処で降りるのかなと思った。
そして、高橋さんが助手席のドアを開けた瞬間、冷気が一気に車内に入ってきた。
寒い……。
「降りて」
「あっ、はい」
高橋さんは後部座席からコートを取ると私に着せてくれて、高橋さんが自分のコートを羽織っている間、辺りをもう1度グルッと見渡して気づいた。
見覚えのある、この場所。
パッと空を見上げると、星屑をちりばめた夜空が広がっていた。
先週、満天の星空を見たいと言って此処に来ようとして……。
夜空を見上げながら、涙が溢れた。
高橋さんがトランクから何かを出したのか、トランクを閉める音が後方から聞こえてこちらに来ると、背中からフリースを黙って肩から掛けてくれた。
止めようと思っても、止まらない涙。
泣いてしまっているので、お礼の言葉がなかなか出てこない。
「ありがとうございます。でも……先週、此処に来るはずだったのに……来る前に父が、父が……。此処に来ると分かっていたら私は……来たくなかったです。そのことを……あの時のことを思い出してしまうから」
連れてきてもらって、こんなことを言うのは失礼だとは分かっている。でも今は、まだ来たくなかった。
「だから、連れてきた」
エッ……。
「多分、お前はそう考えると思ったから連れてきた」
「どうして……どうしてですか? 何故ですか? 何故、分かっていて……高橋さんは……」
余計に涙が溢れてきて、掛けて貰ったフリースをギュッと首のところで握りしめながら高橋さんを見た。
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