新そよ風に乗って 〜憧憬〜
嘘!
良く聞こえなかったので聞き返そうと目を開けた時には、素早く唇に触れるだけのキスをされていた。そして、あっという間に、先ほどと同じように高橋さんに引っ張られるようにして脇の下に私の体は収まってしまい、顔を見ようにも高橋さんが腕に少し力を込めたので、それは叶わなかった。
「大人しく、寝ろ」
「そ、そんな、急に言われても。こ、こんなことされて……」
「どんなことぉ?」
高橋さんが楽しそうに私の顔を覗き込んだので、怯んで首が縮こまってしまった。
「か、からかわないで下さい」
「俺は、真剣だけど?」
はい?
高橋さんは私の左肩を押して仰向けにすると、その上から覆いかぶさるように体の重心を少し掛けて私の顔の真上に自分の顔を近づけた。
「俺、素直だから」
「えっ?」
私の顎を、少しだけ高橋さんが右手で持ち上げた。
あっ……。
その時、携帯のバイブの振動が暗闇の中で響き出した。
すると高橋さんは、視線は私を捉えたまま左手を伸ばして携帯を棚の上から取ると、タッチパネルを操作してまた直ぐに棚の上に携帯を戻した。
「今夜は、もう誰にも邪魔させない」
エッ……。
高橋さんが右肩の横に左肘を突くと、私の髪に触れながら右手で私の左頬を包み込んだ。
「あ、あの……」
「フッ……もう限界」
そう言うと、高橋さんは右手で私の左頬を自分の方に引き寄せた。
嘘・・・・・・。
高橋さんに、キスをされている。
キスをしながら両手で私の頬を包み込み、少しだけ体を移動させて私の右半身に高橋さんが体重を掛けたので、逃れようとしても身動きがとれなくなっている。
「ンン……ン……」
高橋さんとキスをするのは、久しぶりだった。しかも、こんな深いキスは今までしたことがない。
いつも触れるか触れないかぐらいのキスが多かったのに、今日の高橋さんは何だか激しい。
荒っぽいとかそういうのではなく、畳みかけるように来る感じで息つく暇もない。なかなか息が出来なくて、苦しいから必死にささやかな抵抗をして高橋さんの絡めてくる舌から逃れようとしても、また直ぐに追いつかれてしまう。
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