新そよ風に乗って 〜憧憬〜
「でも、良いこと言うな」
「エヘッ……」
やった!
珍しく高橋さんに褒められたので、嬉しくて少しくすぐったくて笑って誤魔化した。
「でも、お前の言うとおりだな」
急に、高橋さんが真面目な顔になった。
「俺は、お前に何も話してないし、本当の自分を見せてもいない」
「高橋さん」
「人はさ……いつも言ってるが、ある一定の距離を保っているから上手くいってる場合もある。全てをさらけ出してしまうと怖いと思う意識から、立ち入って欲しくない部分にはなるべく立ち入れないように、無意識のうちにいろんな方法で境界線を作ったりするだろう? 俺がよく狡いって言われるのは、そういう所が人より多いのかもしれない。口では上手いことを言って、でも相手には何も自分を見せない。裏を返せば、それだけ相手を信用していないってことと同じ。俺は、昔からそういう男だったんだ」
高橋さんが、少しだけ寂しそうな目をした
「そんな風に高橋さんのこと……私は思ってないですよ」
「俺は、それでもお前のことは……」
そこまで言い掛けて、高橋さんが右手で私の左頬を撫でた。
その瞳は、とても穏やかな優しい目をしているのに、どうしてだろう? 何故か、何処となく哀しく見えるのは。
「しかし、あれだな? お前が待ってますって言うから、かなり驚いたよ」
「えっ? どうしてですか?」
何だか、急に違う話になってしまった。
何?
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