新そよ風に乗って 〜憧憬〜
あんなにいつも完璧なイメージの高橋さんだったのに、凄く今は親近感が湧いている。私と同じ人間で、当たり前だけど感情があって、不安になって、心配になって、苦しくなって、狼狽えて……。
緊張等とは、無縁な人だと思っていたのに。その高橋さんが今、自らの感情を露わにしている。
しかし、高橋さんの言葉に喜ぶべきなんだと思うけれど、何故か苦しくなった。
あれほど部屋の中が見たかった思いに応えてくれるのは嬉しいけれど、そこまで無理して私に合わせてくれるのは返って高橋さんのペースを乱すことになるんじゃないかと思えて……。負担には、思われたくない。そうすることによって、知らず知らずのうちに見えない歪みが生まれて来るような不安に駆られてしまうから。
高橋さんが、抱きしめていた私の体をそっと離した。
「大丈夫だ。おいで」
も、もう? 
もう、入るの?
高橋さんが左足を一歩、部屋の中に踏み入れた。
緊張は、最高潮に達している。
ピンポーン。
エッ……。
あまりにも、そのタイミングの悪さというのか、タイミングの良さというのか、意表を突かれたインターホンの音に、思わず高橋さんと顔を見合わせた。
直ぐに高橋さんとインターホンの画面の方を見ると、女性の姿が映っていた。
高橋さんは、インターホンの画面の方を見ていた視線を私に戻した。
「ちょっと、待ってて」
そう言われて頷くと、高橋さんは小さく溜息をついて握っていた手を離し、インターホンの方へと向かっていった。
「はい。ちょっと、お待ち下さい」
誰か来たみたいだったので、中途半端な場所に立っていてはまずいと思い、ひとまずダイニングテーブルの椅子に座って、気持ちを落ち着けるためにもマグカップに入ったコーヒーをひと口飲もうとした。しかし、コーヒーが溢れてしまいそうなぐらい手が震えてしまい、片手では上手くカップを持てなくて、またしても両手でギュッと握りしめるように持ちながら、ようやくコーヒーを口に運ぶことが出来た。
あのドアの向こうに何があるのかは分からないけれど、それを今から見せて貰えるなんて、考えただけで緊張してしまう。タイミング悪くインターホンが鳴ってしまったが、それはかえってインターバルをおけて良かったのかもしれない。あのままドアを開けて、中に入って……なんて、とても心臓が持ちそうにない。
< 69 / 311 >

この作品をシェア

pagetop