初恋の呪縛〜もしもあの時、キスしていたら〜
 もっとも、男兄弟しかいなくて、小さいころから兄たちに混じって泥まみれで遊んでいたので、男っぽくなったのは、たぶん体型だけの問題ではないのだろうけれど。

 当時は兄のおさがりしか着たことがなく、初めてはいたスカートは中学校の制服だったし。
 
 でもその反動で芽生えたお洒落への渇望が、今こうして、天職だと思える服飾の仕事に就くきっかけとなったのだから、まあ、それはよしとしよう。


「ああ、久保、ちょっと」

 コーヒーを入れようと給湯室に向かう途中、他の社員と打ち合わせしていた佐藤室長に手招きされた。

「昨日の企画書、赤入れておいたから、後で直しといて」
「了解です」

 書類を受け取り、軽く頭を下げて席に戻ろうとすると、室長は、まだ何か言いたげな顔をしている。

「他にも何かありますか」

「うん、えーと、今晩、なんか予定ある?」
 室長は首の後ろに手をやって、妙に歯切れの悪い口調で言った。

「いえ、特には」
「あのさ、仕事、退()けてから、ちょっと付き合って欲しいんだけど」
「はい。構わないですよ」

 店舗回りかな。

「場所は後でメールしておくから」
「了解です」
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