初恋の呪縛〜もしもあの時、キスしていたら〜
 昨年の春から、うちの社はメインターゲットの20代向けブランドに加えて、30〜40代向けブランドに進出を始めた。
 恵比寿の店舗は、富裕層の主婦向けの旗艦店で、先週まで企画に追われていた新ブランドはそのセカンドラインにあたる。

 顧客に直結する現場の声を聞くことは、プランナーにとって重要な仕事、と、これも室長からの受け売りだけど。

 了解の返信をしてから他のメールをチェックしていると、突然、ファイルかなにかで後ろから頭をはたかれた。
「イタっ」

 振り返らなくてもわかる。
 こんなことをするのは1人しかいない。
 同期入社のデザイナー、都築匡。

 専門学校の同級生でもあり、通算9年の付き合いになる。

「よっ」
「『よっ』じゃないでしょ。そんなもんで叩かれたら痛いって」

 切れ長の目と薄くて形のいい唇が特徴の、精悍な顔つき。

 肩まで伸ばした黒髪を無造作にくくっているヘアスタイルも、じつによく似合ってる。
 
 そして、さすがは売れっ子デザイナー。

 淡い空色のシャンブレーのシャツにチノパンにスニーカーという限りなくラフな格好なのに、ミラノの街角にでも立っていそうに垢抜けて見える。
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