初恋の呪縛〜もしもあの時、キスしていたら〜
 表通りの喧騒とは違い、この通りに人影はなく、静寂に包まれている。

「朱利」
「はい」

 朱利と呼ばれて、落ち着かない気分になる。

 なんのためらいもなく、彼はわたしの名前を呼ぶ。

 わたしも呼べるだろうか。
 これから、こんなふうに室長のことを……

 彼は立ち止まり、わたしの肩に手をおいた。
 彼の瞳は、夜陰のなかでも誘いかけるように艶めいていた。

「朱利……僕が忘れさせてあげるから、都築のことは」

 その手がわたしの腰に回り、そのまま抱き寄せられた。

 トレンチコートに頬が触れ、その冷たさにぴくっとする。

「ち……千隼さん」
 思わず口にした彼の名。

 彼は腕の力を少し弱め、わたしの顔を覗き込むと口元をほころばせた。

「嬉しいな。そう呼んでくれて」

 そして、わたしの前髪を指先でそっと払うと、額に口づけた。
「ようやく願いが叶った。好きだよ……朱利」

 彼の指がわたしの顎を捉える。
 それから、唇がゆっくり近づいてくる。

 まるで選択の余地を残してくれているかのように、ゆっくりと。

 わたしは……目を閉じるほうを選んだ。
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