初恋の呪縛〜もしもあの時、キスしていたら〜
 地下鉄の昇降口があるオフィスビルの前まで、何も話さず、黙々と並んで歩いた。

 お互いの本心を知った今、ふたりの間を流れる空気は、やっぱり変わってしまったように思えた。

 寂しいけれど、それは仕方ないことなんだろう。

「じゃ、俺、JRで帰るから」
「うん。じゃあまた月曜日に」

 わたしが階段を降りようとしたとき、都築が声を掛けてきた。

「久保」
 わたしは振り返った。

「なあ、ひとつだけ訊いていい? なんで、あのとき、俺を拒んだんだ?」

「今さら聞く? そんなこと」

「うん、教えてよ。俺、結構、後まで引きずったんだぜ。女に拒まれたのは初めてだったし」

 ったく。
 どこまで自信過剰なんだか。

「ただ酔った勢いでするのが嫌だっただけ。だって、あれ、ファースト・キスだよ。女の子にとって、一番大切なキスなのに」

 わたしが真面目な顔でそう言うと、都築は吹き出した。

「女の子にとってか。ずいぶん純情なこと言うな。柄じゃねーけど」

「そう言うと思ってたよ」

 目を合わせ、笑いあった。

 ああ、これがいつものわたしたちだ。
 よかった。都築は都築だ。変わらない。
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