婚約破棄寸前の不遇令嬢はスパイとなって隣国に行く〜いつのまにか王太子殿下に愛されていました〜
◆ ◆ ◆
「オディール・ジャニーヌ ハ トッテモキレイダッタ ソレダケガトリエサ」
「どっ、どこで覚えたのよ、そんな言葉!!」
出し抜けに発したヴェルの新しい言葉にわたしは顔が真っ赤になって、飲んでいた紅茶を吹き出しそうになった。気道に入った液体のせいでゲホゲホと咳き込んでしまう。
「お、お嬢様! 大丈夫ですか?」と、アンナがオロオロとわたしの背中をさすった。
「えぇ、大丈夫よ……。ヴェルが突拍子もないことを言うからびっくりしちゃった」
「きっと、どなたかがお嬢様のことを綺麗だって噂をしていたんでしょうね」
「オディール・ジャニーヌ ハ トッテモキレイダッタ ソレダケガトリエサ」
「そんな……あり得ないわ」
そわそわと身体がむず痒くなった。わたしなんかの容姿を褒めてくれている人がいるなんて……信じられないわ。
「あ……」
ふと、思い出す。唯一、心当たりのある人物を。夜会のときに綺麗だって言ってくれた――、
レイモンド王太子殿下……?
「まさかね」
わたしはあり得ない考えを頭から振り払う。
きっと、あの晩は貧しい少年から令嬢の姿へ脱皮するみたいに変わったから驚いただけよ。綺麗なんて社交辞令だわ。彼は軽い人だしね。だから、真に受けちゃ駄目。