婚約破棄寸前の不遇令嬢はスパイとなって隣国に行く〜いつのまにか王太子殿下に愛されていました〜
「いらっしゃい。今日はなにをお求めで?」
ガランという低い鐘の音を鳴らしながら店に入ったわたしに、すぐさま店主が声を掛けた。中は至って普通の古美術店。古めかしい道具やカンバスなどが所狭しに陳列してあった。
わたしは一呼吸したあと意を決して、
「……溶ける魚はあるかしら?」
声を潜めて訊いた。途端に店主の眼鏡の奥の瞳が鋭くなる。
「活きが良いのが入っていますよ。どうぞ、こちらへ」
わたしは店主に続いて奥にある扉へと向かった。その向こうはすぐに階段になっていて、二人で地下に潜る。真夜中みたいな湿っぽい静けさで、コツコツと二人の靴の音だけが響いた。
地下に降りると更にまっすぐ進んで、最奥にひときわ大きな扉が待ち受けてある。
店主は「では、ごゆっくり」とだけ言って去って行った。