婚約破棄寸前の不遇令嬢はスパイとなって隣国に行く〜いつのまにか王太子殿下に愛されていました〜
中は、書斎になっていた。壁全面に本が詰まって、奥には執務机。その手前にはテーブルとソファーが並べられていた。
男性が三人。執務机にリーダー格と思われる男が奥の壁を向いて座っていて、その両隣に仮面を付けた男と深くフードを被っている男が二人立っていた。
「ガブリエル・スカイヨン伯爵の紹介よ。お金なら払うわ。ある人物について調べて欲しいの」
「それは……アンドレイ王子のことか?」と、奥にいた男がふっと笑いながら言う。
「えっ!?」
依頼内容を喋る前に当てられて、不意のことにわたしは慌てふためいた。
彼らには依頼人のことも筒抜けということ? まだ誰が依頼するかも分からないのに?
……え、ちょっと待って。
そのとき、わたしはあることに気が付いた。
この声、聞いたことがあるわ!
執務机に座っていた男がゆっくりと振り向く。
まさか……まさか……。
わたしはみるみる青ざめた。全身の血の気がさっと引いていく。
この状況は、覚えがあるわ。いつも雷鳴のように突然やって来て、わたしを驚愕させるのだ。
それは子供の児戯のように、悪意のない……悪意の塊!
男はこちらを向いて、ゆっくりと仮面を取る。口元が踊っているように緩みまくっていた。
案の定、それは――レイモンド・ローラント王太子殿下だったのだ。