婚約破棄寸前の不遇令嬢はスパイとなって隣国に行く〜いつのまにか王太子殿下に愛されていました〜
「まぁまぁ。これも王太子の仕事だからさ。我慢しろよ」と、フランソワはにわかに砕けた態度を取った。二人は幼馴染で、公式の場や仕事以外は対等の友人として付き合っているのだ。
レイモンドはペンを置いた。変わらずに眉根を寄せている。
「それで、その令嬢がなんだ?」
「あぁ。大使館に外交官として就任することになったからお前に挨拶をしたいってさ。早速、来週――」
「断る」
「おいおい。相手は未来のアングレラス王国の王妃だぞ? 断るのは不味いだろ」
「その令嬢が王妃になったときに挨拶をすればい」
「あのなぁ。こういうのは積み重ねが大事なんだよ。少しずつ信頼関係を築いていくんだ」
「別に。必要ない」
レイモンドは再びペンを持って、書類に目を通し始めた。フランソワは肩を竦めて、自身の仕事を始める。
部屋にはさらさらとペンの音だけが響いていた。
しばらくして、窓の外からゴロゴロと雷鳴が聞こえ始めたと思ったらたちまち激しい雨が降り始めた。今晩は荒れた天気になりそうだ。
「令嬢なんて……関わりたくもない」
レイモンドの呟き声が、雨の音に掻き消された。