婚約破棄寸前の不遇令嬢はスパイとなって隣国に行く〜いつのまにか王太子殿下に愛されていました〜
「ちょっと、そこのあなた」
わたしは覚悟を決めて異物に話し掛けた。
「っ……!」
彼はビクリと肩を跳ねてから、硬直する。
「あなたに言っているのよ。聞こえないのかしら?」と、わたしはもう一度彼に声を掛ける。
「なん……でしょうか?」
「あら、ちゃんと耳と口はあるのね。聞こえるのだったらすぐに返事をしなさい」
「す、すみません……」
「まぁ、いいわ。あなた、待機しているわたしの侍女と付添人を呼びに行ってちょうだい。ドレスに少しトラブルがあったの」
「えっ……と」
「ほら、早く行きなさい? ジャニーヌ侯爵令嬢が呼んでいる、って」
「それは……」
「持ち場を離れられなかったら他の警備兵に一言声を掛けてからでもいいのよ? なんだったらわたしが代わりに言ってあげましょうか?」
「…………」
「あら、また口が聞けなくなったの? あなた、王宮の警備兵なのにどんな訓練を受けたのかしら。いいこと? 貴族から声を掛けられたら必ず返事をするのがマナーなのよ。あなた、階級は? 貴族社会のルールを知らないなんて、平民かしら? それでよく王宮勤めが出来るわねぇ。どうなの? 早く答えなさいな」