婚約破棄寸前の不遇令嬢はスパイとなって隣国に行く〜いつのまにか王太子殿下に愛されていました〜
わたしは畳み掛けるように彼に質問攻めをして、大仰に扇を振って嘆く振りをする。
これで異物が動く前に、少しは周りから注目されるはず。お願い、誰か気付いて……!
「申し訳ありません、侯爵令嬢。この者がなにか失礼でも?」
そのとき、剣呑な様子に気付いた警備兵がこちらに駆け付けてくれた。
わたしは怒った素振りを見せて、
「ちょっと、ここの警備兵はどうなっているの? 貴族の呼び掛けに答えないなんて。わたし、こんなに軽んじられたのは初めてだわ」
「それは失礼をば致しました……! おい、侯爵令嬢に――お前、見ない顔だな?」
駆け付けた警備兵が眉根を寄せた。
そして次の瞬間、
「きゃっ!」
「動くな!」
またたく間にわたしは異物の男に捕らえられて、首筋にナイフを当てられてしまった。ひんやりとした金属の感触が恐怖心を煽り立てて、わたしは縮み上がった。
「動いたら侯爵令嬢は殺す」と、男はじりじりと背後のテーブルへと下がる。
近くにいた令嬢たちが一斉に悲鳴を上げる。穏やかなお茶会は一転して、恐怖と緊張が支配するむごたらしい会場へと変貌した。