婚約破棄寸前の不遇令嬢はスパイとなって隣国に行く〜いつのまにか王太子殿下に愛されていました〜
……そんな風に考えていると、わたしの心もだんだん余裕が出てきた。
今、男は非常に興奮している。注意力や判断力も落ちているはずだ。
だから一瞬の隙を突けば、なんとか……!
わたしは男に悟られないように、ゆっくりと扇の親骨から小さな針を取り出した。大使館に初めて足を運んだときにスカイヨン伯爵からいただいた諜報員の秘密道具である。
細い針には即効性の痺れ薬が仕込んである。さすがに毒は怖くて使えなかったけど、これなら緊急時に役に立ちそうだったから常に携帯していたのだ。
膠着状態が続いていた。
兵士たちは男に手を出したくても侯爵令嬢が人質になっているので動けない。王太子殿下は悔しそうに歯噛みしながらこちらを見つめている。
わたしは黙って男の観察を続ける。
大丈夫。冷静に。スカイヨン先生から教わった間諜の心得を思い出すのよ……!