婚約破棄寸前の不遇令嬢はスパイとなって隣国に行く〜いつのまにか王太子殿下に愛されていました〜
相変わらず男は興奮している。彼の警戒心は兵士たちに向けられて、か弱い令嬢のことは完全に頭から抜け落ちているようで……わたしを押さえ付けている力が少しだけ弱まった。
――今よ!
わたしはひっそりと手に握っていた針を、力を込めて男がナイフを持っている左手に突き刺した。
「ああぁぁぁっ!!」
男は雄叫びのような声を上げながら目を剥き、ナイフを落とした。
わたしはすかさず彼から離れ――、
「このアマっ!」
刹那、男の拳がわたしの顔に飛んで来た。
「オディール!!」
勢いよく丸テーブルに突き飛ばされる。後頭部が銀製のケーキスタンドにぶつかる。食器の割れるけたたましい音。背中がテーブルの角に激しく当たった。
わたしはずるずると、流れるように地面に倒れ込む。ぬるりとしたものが額を伝った。
鈍い感覚。頭がぼんやりする。目を細めると、男は既に兵士たちに捕縛されているようだった。
よかっ――……、