婚約破棄寸前の不遇令嬢はスパイとなって隣国に行く〜いつのまにか王太子殿下に愛されていました〜
「僕は王族だから、子供の頃から婚約者候補の令嬢が数人いたんだ……。それで、彼女たちと定期的に会う機会を設けていて……あの日も、複数の令嬢たちとお茶会をしていたんだよ」
わたしは彼の発する一言も聞き漏らさないように、じっと耳を傾ける。揺らぐ低音が痛々しかった。
「それで、特に僕に付き纏っている二人の令嬢がいて、毎度ベタベタしてくるから本当に嫌気がして……。つい、意地悪なことを言ってしまったんだ」
「意地悪?」
レイは頷く。
「そう。くっついてくる二人にどうにか離れて欲しくて、僕のことが好きなら森の奥に行って野生のベリーを取って来いって。王宮の裏の森にしか生えていない珍しいベリーが食べたいってさ」
レイの顔がぐしゃりと歪んだ。嫌な予感がして、悪寒が走る。
「それで……」彼は絞り出すように声を出す。「折り悪く森では狩りが行われていて、二人は…………」
彼の言葉は途絶えた。
再び真夜中のような深い沈黙が包み込む。
わたしは小刻みに震え続ける彼の手を強く握り返した。その手は氷のように冷たかった。