婚約破棄寸前の不遇令嬢はスパイとなって隣国に行く〜いつのまにか王太子殿下に愛されていました〜
「……では、遠慮なく。実はアンドレイ様の委任状をいただきたいのです」
「委任状?」と、彼は目を少し見開く。
「えぇ、そうですわ。王太子殿下の歓待は今後の両国関係にも響きます。ですので、わたしも精一杯のことを行いたいのです。ただ、当日まであまり時間がありませんので、急遽必要を迫られた事態にわたしの権限では間に合わないことが起こるかもしれません」
「それで、俺の委任状か」
「えぇ。お願いできますでしょうか?」と、わたしは子犬のようにうるうると彼の瞳を見つめた。
アンドレイ様は犯罪者であれ正真正銘の王子殿下だ。彼は侯爵令嬢のわたしより遥かに権力を持っている。
わたしが二重も三重も苦労して許可を取らなければならないことも、王子の一言ですんなり通るのだ。
権力とは便利なものね。だからこそ、わたしたち高貴な人間は正しく使わないといけないんだわ。
「分かった」彼は頷く。「そんなことなら喜んで協力しよう」
「本当ですか? ありがとうございます」と、わたしは微笑んだ。
アンドレイ様はおもむろに立ち上がって、執務机に向かった。さらさらとペンを走らせて、最後に王子の印璽を押して完成だ。
「ほら」と、彼は走り書きをした紙切れでも掴むように雑にわたしに手渡した。彼は自身の身分や権力について、どこまで真摯に考えているのかしら。こんなに大事なものを安々と……。
「ありがとうございます、アンドレイ様。とっても助かりますわ」
「必要があれば、経費は王家に回せ」
「まぁっ、ありがとう存じます。では、早速準備に取り掛かりますわね」