婚約破棄寸前の不遇令嬢はスパイとなって隣国に行く〜いつのまにか王太子殿下に愛されていました〜
簡単な挨拶が終わるとアンドレイ様が先導して王太子殿下を滞在先のゴルコンダの間へと案内を始める。
わたしはルーセル公爵令息と並んで二人の後ろに控えるのだけど――、
「変なドレス……ぷぷっ」
レイが擦れ違いざまにわたしにしか聞こえないくらいの小声で呟いた。目を剥いて彼を見るとニヤニヤと意地悪そうに笑っている。
思わず彼を睨み付けた。するとフイッとわざとらしく視線を逸らされる。
わたしたちの一瞬のやり取りに気付いた様子の公爵令息が、両手を合わせて目線で「ごめん」と訴えて来る。
変なドレスなのは自分が一番分かっているわよ!
……と、叫びたい気分になったが、ぐっと堪える。
今日のわたしのドレスは婚約者の大好きなピンクのパステルカラーで、リボンとフリルをふんだんに使って、少女趣味のようなそれはもう可愛らしい姿だ。きっとナージャ子爵令嬢だったらよくお似合いでしょうね。
せめてもの抵抗でサーモンピンク系の多少は落ち着いた雰囲気のドレスにしたのだけれど……やっぱりわたしには似合わなかった。でも、婚約者を油断させるためにも今まで通りのオディールでいろ、って言われているんだから仕方ないじゃない。
って言うか、レイがそうしろって言い出したのに、なによ、あの態度。本当に腹が立つわ! 久し振りに再会した喜びも吹き飛んじゃった。