婚約破棄寸前の不遇令嬢はスパイとなって隣国に行く〜いつのまにか王太子殿下に愛されていました〜
「殿下、本日はどうぞ宜しくお願いいたしますね」
「こちらこそよろしく、侯爵令嬢」
挨拶のポーズをして、わたしとレイは手を取り合った。
途端に指先にバチリと電撃が走る。急激に襲ってきた緊張で身体が鯱張った。いよいよ彼と初めてのダンスかと思うと胸に早鐘が鳴って、弾け飛びそうだった。
水を打ったように周囲が押し黙る。静寂。カチカチの心臓の音だけが身体中に響いていた。
ゆっくりと音楽が始まる。
すっかり冷がって固いままの身体を彼に預けた。
レイはそんなわたしの様子をまじまじと見つめて、
「今夜は僕と情熱的に踊ろうか?」と、いたずらっぽく笑った。
「そっ、そんな真似できるわけないでしょう? 王宮主催のパーティーよ」
わたしは思わず言い返す。またからかっているのね。本当に、いっつもふざけているんだから。こんなときまで。
「僕は別に構わないけど?」
「ルーセル公爵令息様に怒られるわよ」
「一緒に怒られよう」
「絶対、嫌」
「つれないなぁ」
「もうっ、真面目にやって。今日は遊びじゃないのよ」
「だんだん指が温かくなってきた。少しは緊張はほぐれた?」
「あっ……!」
気が付くと、身体中がポカポカと温まってきていた。彼と軽口を叩いていたお陰か、バクバクしていた胸も収まった気がする。
「あ、ありがとう……」
「派手に転ばれたら困るからな」
「転ばないわよ。わたしを誰だと思っているの? 侯爵令嬢、それだけが取り柄、よ!」
「そうだった。僕のほうは王太子殿下、それだけが取り柄さ」