婚約破棄寸前の不遇令嬢はスパイとなって隣国に行く〜いつのまにか王太子殿下に愛されていました〜
わたしたちは視線を交差させて、くすりと笑う。そのあとは彼の流れるようなステップに身を任せた。
なんだろう……不思議な感じ。身体が自由に動き回る。
アンドレイ様と踊るときは必死になって彼のペースに合わせていたけど、レイはむしろ彼のほうがわたしに合わせてくれて、それでしっかり場をリードして自然と上手く踊れている気がする。
それに、楽しい……!
お喋りしながら息を合わせて踊るのって、こんなに楽しくて心地良いものなのね。さっきまで緊張で破裂しそうだった心臓は、今は嬉しく飛び跳ねているようだわ。
わたしたちは一曲だけの束の間のダンスを、噛みしめるように深く味わった。
……曲もそろそろフィナーレだ。
卒然と寂しさが襲って来る。まばゆいシャンデリアの光も悲しい影を落とした。
あぁ、もう終わってしまうのなんて嫌だ。このままずっと夜明けまで彼と二人で踊っていたいわ。
レイが握った手の力が強くなった。名残惜しそうにわたしを見る。思わずわたしも彼に熱い視線を送った。
でも、もう音楽はおしまい。二人のダンスも終焉を迎えるのだ。
ピタリと時間が止まって、また静寂が戻って来た。
「ありがとう、侯爵令嬢。楽しかったよ」
「わたしも楽しゅうございました、殿下。ありがとうございました」
わたしたちは別れの挨拶をする。
すれ違いざまに、
「また踊ろう。次は、倒れるまで」
レイがそっと耳元で囁いた。
わたしは微かに頷く。
夢のような時間はもう終わり。でも、それはいずれまたやって来るのだ。
それまでの、お預け。