婚約破棄寸前の不遇令嬢はスパイとなって隣国に行く〜いつのまにか王太子殿下に愛されていました〜
「今、この瞬間、ダイヤモンド鉱山に近い国境付近のダリの街にアングラレス軍の一部が待機しています。王子殿下直属の隊です。隊長に確認したところ、たしかにアンドレイ王子殿下のご指示だと言っておりましたわ」
「これはどういうことかな、アンドレイ王子? あのような国境の小さな街に、なぜ貴国の軍隊が?」
わたしとレイは威圧するようにアンドレイ様をじっと見つめた。ホールの中央にいる彼のもとに疑惑の視線があちこちから突き刺さる。
彼はぷるぷると震えながらしばし俯いたあと、
「演習だよっ!! て……帝国に対抗するために、これから大規模な軍事演習を行う予定なのだ!」
真っ赤になった顔を上げて、苦し紛れの言い訳を叫んだ。
王子の無様な様子に貴族たちから失笑が漏れる。
「演習で一ヶ月分の食糧? それに、あんな狭い場所で演習ですって?」と、わたしは眉をひそめる。
「これから移動させるんだよ! 数日かけてな!」
「あの街から見て近くで演習が出来そうな場所は国境のキリコ平原ですわ。わざわざ国境で軍事演習? それは隣国への挑発行為なのでは?」
「どういうことだ、アンドレイ。説明せよ」
にわかに国王陛下の周囲を押し潰すような重々しい声がホール中に響いた。卒然と放たれた威厳溢れる声音に、冷たい緊張の波濤が押し寄せて背筋が寒くなる。
「そっ……それは…………」
アンドレイ様は二の句が継げないようで、唇を噛みながら悔しそうにわたしを睨んでいた。国王陛下は大岩のような険しい顔をして無言で息子を見据える。
気が付くと、あんなに彼にべったりと寄り添っていたナージャ子爵令嬢が「あたし知らないわよ」と言わんばかりに、ちょっとだけ距離を取っていた。
……逃げようとしたって、そうはさせないわよ。