婚約破棄寸前の不遇令嬢はスパイとなって隣国に行く〜いつのまにか王太子殿下に愛されていました〜
「……二ヶ月ほど前、我が国で行われた地下競売を摘発した際に顧客リストにアンドレイ王子の名前が記されていたのだが、なにかの間違いだろうか?」
レイが困惑した様子で静かに問い掛ける。
「わたしもまさかと思って確認しましたが、たしかにリストに上がっている品をアンドレイ様は所有しておりますわね」と、わたしも戸惑った風に眉尻を下げた。
「そうか。真実なら本当に残念だ。折角、侯爵令嬢を通じて貴国との友好関係を強化するつもりだったのに……。対・帝国に向けての同盟も他の周辺国とは結ぶ予定だが、貴国はまぁ、単独で挑め。――真っ先に壊滅させられないと良いがな」
「ぐっ…………」
アンドレイ様は唸る。
国王陛下の峻厳な眼光が雷のように息子に落ちた。
王の怒りは地を這うように静かにホール中を伝播して、貴族たちは凍り付く。
この空間には、もうアンドレイ様たちの味方は誰一人いない。大勢の臣下に囲まれているはずの王子なのに、今や彼は孤独を噛み締めていた。
陛下の指示なのか、いつの間にか王宮の近衛兵たちが王子と子爵令嬢を囲んでいた。強面の騎士たちが今にも斬りかかりそうな剣呑な雰囲気だ。
「はぁ……チェックだわ。さようなら、あたしの輝く未来」
ナージャ子爵令嬢は早くも諦めた様子だった。観念したように両手を挙げている。彼よりよっぽど潔いわね。
「オディール…………っ!」
一方、アンドレイ様はまだ諦めていない様子で、激しい憎悪の視線をわたしに向けていた。