婚約破棄寸前の不遇令嬢はスパイとなって隣国に行く〜いつのまにか王太子殿下に愛されていました〜
ゴツゴツと硬い岩に刃が当たる音だけが洞窟内に響いていた。
わたしは隣で涼しい顔をしながら器用に鶴嘴を動かしている彼のことが妙に気になって、チラチラと横目で眺める。
彼は「異物」だ。
――と、一瞬で分かった。スカイヨン先生から教わった間諜の心得だ。
その仕事柄、緊急事態に遭遇することの多い諜報員には、なによりも観察眼が必要らしい。なぜなら一瞬の判断の誤りが、自身の命を危うくするからだ。
だから、よく観察すること。自身が置かれた場面にそぐわないような「異物」を探し出すこと。警戒すること。常に頭を回転させること。
それらの注意力・思考力が生命線なのだ。