婚約破棄寸前の不遇令嬢はスパイとなって隣国に行く〜いつのまにか王太子殿下に愛されていました〜
「もうっ、最悪なんですよ!」
ぶーぶーと文句を垂れつつ、わたしはハンカチの裏側に隠された暗号を見た。
坑夫のわたしと違って比較的自由に動ける彼女が事前に潜入をして、夜の鉱山の見張りの数や時間、巡回ルートなどを調べてくれていたのだ。
わたしは暗号メモなど端っからなかったかのように、ハンカチを懐にしまって大仰に喚く。
「あの人のせいで、オレまで怒られちゃったんですから! そりゃ、むかっ腹が立ちますよ!」
「ふふふ。あたしのところまで噂が聞こえたわよ。オディオが新人と揉めてる、って」
「本当に失礼な人なんですから!」
「それって、僕のこと?」
「きゃっ――」
出し抜けに背後から件の人の声が聞こえた。
思わずオディールとしての素の叫び声が出てしまって、慌てて口を手で押さえて飲み込んだ。
な……なんなのよ、もう! 今朝から心臓に悪すぎる!