婚約破棄寸前の不遇令嬢はスパイとなって隣国に行く〜いつのまにか王太子殿下に愛されていました〜
「オディオ」
彼の呼び掛けにはっと我に返る。
……嫌だわ、わたしったらまたアンドレイ様のことばかり考えている。
「なに?」
「これ、やるよ」と、彼は強引に書類をわたしに押し付けてきた。
「なにこれ」
わたしは戸惑いながら彼から受け取った書類を開く。
目に飛び込んだ書面は、
「これ、ダイヤモンド鉱山の調査資料!」
わたしは目を輝かす。そこには、鉱山に関する詳細な情報が載っていたのだ。
彼はニヤリといたずらっぽく笑って、
「管理人の部屋に忍び込んでちょっくら拝借していた」
「いいの? バレない? ――っていうか、よくあの警備を掻い潜れたな」
「僕は貴族だからな」彼はしたり顔をする。「これは本物を複写したものだから持って行っても問題ないよ」
「レイ……!」
胸がじんとして思わず泣きそうになった。
わたしのために、危険を冒してまで骨を折ってくれたなんて。嫌な人だと思っていたけど、根は優しくていい人なのよね。
「ありがとう。凄く嬉しいよ」
「どういたしまして。これで思う存分勉強してくれ」
「う、うん……」
胸がチクリと痛む。なにも知らないレイの爽やかな眼差しが眩しい。こんなにも良くしてくれた彼に嘘をついているのが辛かった。
この資料は全てアンドレイ様に差し上げるのだ。彼の頑張りや善意を放り投げるようで、慚愧にたえない。
わたしって……最低な人間だわ。