二人でお酒を飲みたいね。

第1章 男と女

 いつものように俺は買い物をするためにショッピングモールに来ていた。 洋服売り場も雑貨売り場も人で賑わっている。
欲しかったテーブルを見定めて配達までの手続きを終えた俺は暫しの息抜きにフードコートを歩いていた。
(あれは、、、?)
 その片隅のスペースで美味そうにソフトクリームを食べている女が居る。 何処かで見たような女だ。
女は目を細めてソフトクリームを食べている。 何気なく見詰めているとそれまで横を向いていた女がこちらを向いた。
(康子、、、。) 思わず俺は肥を掛けそうになったが、その言葉を飲み込んで売り場へ戻っていった。

 俺と康子が離婚したのは3年前の春だった。 喧嘩したわけでもなく仲が悪かったわけでもない。
何となく結婚して15年一緒に暮らして何となく別れたのだった。
 毎朝、康子は食事を作ってくれていた。 それから二人で毎日仕事に出掛けていた。
俺のほうが先に帰ってくると飯を炊いた。 その後で康子がいろいろとおかずを作ってくれていた。
互いに毛嫌いすることも無く、そうかといってベタベタすることも無かった。
夜はそれなりに夫婦の営みというやつを日課のように繰り返したが、お客さんはとうとう来なかった。
それがいつか、日を空けるようになり、時々になり、最後には久しぶりになって絡むことをやめてしまった。
 月日は流れてお互いに50を過ぎたある日、「別々に暮らそう。」とどちらからともなく言い出して離婚届にサインした。
それからの俺は仕事が忙しくなってしまって康子のことを思い出す暇すら無くなってしまったのだ。 冷たい男だよな。
康子は康子で何処に住んで何をしているのかもさっぱり分からなかった。
俺の友達の中にもあいつの知り合いが何人か居るが、その人たちからも何も聞かなかった。
それがどうだろう、、、ショッピングモールのフードコートで偶然に見掛けてしまったのだ。
そういえば、あいつはよくここのソフトクリームを食べていた。 この店にはデートだって言ってよく来ていたんだ。
フードコートに落ち着くと康子はソフトクリームを、俺はコーヒーを頼んで椅子に座った。
日曜日だったから、行き交う人たちは親子連れかカップルが多かったな。 俺たちもまだ若かった。
二人で選んで引っ越した2ldkのアパートにはあいつが選んだ家具が並んでいた。 今もそのままだ。
あいつは必要な物だけを持ってこの部屋を出て行ったからね。

 買い物を済ませた俺は住み慣れたアパートへ帰ってきた。 部屋に明りは点いていない。
窓も閉め切ったままだ。 鍵を開けると殺風景な景色が広がっている。
装飾なんて何も無い。 モノトーンなおじさんの部屋だ。
一度は造花を飾ってみたりもしたけれど、何だか俺には合わないような気がして物置へ放り込んでしまった。
ある時は居酒屋で仲良くなった女とこの部屋で食事をしたことも有る。 でもなんだか合わなくて別れてしまった。
やっぱり妻だった康子のことが何処かに引っ掛かっていたのだろうか?
 そりゃねえ、15年も一緒に居て抱いたことも有るんだ。 忘れられないよ。
今夜も一人で飲んでいる。 あいつは飲まなかったな。
飲めないことは無いらしいが、家で飲むのは気乗りしなかったらしい。
いつも刺身を食べながら他愛も無い話をしてたっけ。 それなりに付き合ってはくれてたんだ。
俺が酔うと布団を敷いてさっさと寝てしまう。 それでも俺が布団に入ってくると可愛らしく甘えてきてたんだ。
そんな毎日を思い出してしまう。 康子が居なくなった今でも。
 寝室には康子が使っていた枕もそのままに置いてある。 「捨てればいいのに、、、。」って言われるけれどどうも捨てる気になれない。
 その片隅には康子が使っていた机もそのままに置いてある。 今は電話帳を置く台になっているけど、、、。
 ぼんやりと天井を仰いでみる。 豆電球が心細く瞬いている。
(あいつが居た時には、、、。) そんなことばかり考えながら目を閉じるのである。
< 1 / 62 >

この作品をシェア

pagetop