二人でお酒を飲みたいね。
と現場が混乱している所へ副社長が飛んできた。 「今日はこれで終わりにする。 これから警察も調べるらしいから全て済んだ人から帰ってくれ。」
社内は社内で動揺が広がっている。 「社長のやり方に問題が有ったんだ。 それで自殺したんじゃないのか?」
そう話し合っているグループも居る。 「想像だけで判断するな。 そうと決まった訳でもないんだ。 他にも考えられる。」
俺だって気が気じゃないさ。 吉沢って男はよく知らないが、30代半ばのやつだろう?
これからって時に自殺するなんて余程のことが無いと思い切れないよ。 初枝が飛んできた。
「高木さん、彼の机からこんなメモが、、、。」 「メモ?」
『この会社はもう終わりだ。 生きる希望も何もかも奪われてしまった。
俺は新しい世界へ旅に出る。 幸せになるために。』
「どういう意味なんだろう?」 「分からない。 何かヒントになればいいんだけど、、、。」
「とにかくこのメモは警察に渡しておこう。 調べるのはあちらの仕事だ。」
カスタマーセンターの人間が事情聴取を終えたのは午後3時ごろ。 一番怪しいのは監理部である。
何が有ったかは知らないが、部長をはじめ全員が容疑者ということになる。 「疑われてるなあ。」
俺はひとまず社を出た。 通りはまだまだ混乱している。
パトカーも数台が止ったまま。 終いにはテレビ局まで飛んできた。
記者がカメラマンを伴って取材を仕掛けている。 「今回飛び降りた社員について教えてください。」
「いやいや、そう言われても関りが無かったから分からないよ。」 「そんなもんなんですか? 同じ会社で働いてるんですよ。」
「そうは言うけど部署が違うとなかなか会わないんだよ。」 「悪い噂とか有りませんでしたか?」
「付き合いが無いから分からない。」 年配の社員たちは言葉を濁して社に入っていった。
向かいの雑貨屋で時間を潰していると、そこへ尚子が駆け込んできた。 「どうしたんだい?」
「管理部長と副社長が連行されちゃった。」 「何だって? 連行?」
「そうなの。 なんでもパワハラと自殺幇助の疑いだって。」 「えらいこったな。」
そのニュースは翌朝の新聞ででかでかと報道されてしまった。 「どうしたらいいんだろう?」
「俺たちには何も出来ないよ。」 「そりゃそうだけど、あんまりだわ。」
「監理部で虐めが有るらしいことは噂で聞いてたんだ。 でもこうなるとは、、、。」 「信じられない。」
町は金曜日である。 夕方ともなると楽しそうな人たちがドッと繰り出してくる。
でも今夜は飲む気にはなれない。 社員が死んだのだから、、、。
「高木さん、今夜も傍に居ていいですか?」 「いいけど飲めないよ。」
「私も飲みたいとは思いません。 でも一人じゃ居られないの。」 「そうだよな。 じゃあ付き合うよ。」
そういうわけで俺はまた尚子と部屋に戻ってきた。
「あらま、またスーツで来ちゃったわ。」 「しょうがないよ。 事件が事件だから。」
「そうよね。 あ、私夕食作ります。」 「じゃあ、、、。」
俺は台所に立った尚子を見てからテーブルに落ち着いた。
尚子はというとどうやらカレーを作っているらしい。 豚肉と玉葱を炒めてから水を入れて煮込んでいる。
「私ね、ニンジンとかジャガイモは入れないんですよ。 味がどうも苦手で、、、。」 「そうなの? 確かそんな店も有ったような気はするけど、、、。」
家の前をバイクが通り過ぎていった。 会社の前はまだまだ野次馬でごった返しているとか。
そうだよな、この辺じゃあ事件らしい事件も起きなかったから珍しいんだろう。
でもこのままだと来週も営業できるかどうか心配だ。
1時間ほど経ってカレーのいい匂いが漂ってきた。 「出来ましたよ。 食べましょうか。」
尚子は今夜も嬉しそう。 誰かに尽くしたいって言ってた尚子のことだ。
気持ちは十分すぎるくらいに分かる。 俺もスプーンを持った。
「前の奥さんと知り合ったのはいつ頃なんですか?」 「まだ若かったよ。」
「ふーん。 仲は良かったんでしょう?」 「そうだねえ。 毎週デートしてたから。」
「結婚してからも?」 「そう。 いつもショッピングモールに買い物に行ってたよ。」
「それなのに別れちゃったんですか?」 「お互いに何となく結婚して何となく別れたんだよ。」
「そんなことって有るのかなあ?」 「有ったんだな。」
「子供のこととか話しました?」 「たぶん、子供が居たら別れなかったかもね。」
「そんなもんなんですか?」 「子供は夫婦のかすがいって言うじゃない。」
「でもさあ、、、。」 尚子はどっか信じられないような顔をした。
分からないのも無理は無い。 まだまだ付き合ったことすら無いって言うのだから。
(尚子ちゃんだって付き合ってみれば分かるよ。 ほんとに好きな男が現れたら「この人の子供を産みたい。」って思うんじゃないかな? でも俺たちには授かれなかったんだ。」
「でもさあ、子供は要らないって言ってる夫婦も居ますよね?」 「それはそれだと思うよ。 冷たいかもしれないけど、そういう夫婦は居るし、それを否定するつもりは無い。」
「まあ、確かに子供が居るとお金が掛かりますからねえ。 お金が掛からない国に行きたくなるかも。」
「だと思う。 医療費は掛からない町も多いけど、学校やら食費やら洋服屋ら何やらで金は掛かるからね。」
何やら今夜は切羽詰まった話になっている。 「自分の年金だってどうなるか分からないのに、子供にばかり金を掛けられませんよねえ。」
「そうだな、、、。 この先、仕事を十分にやれるかどうかも分からない。 そんな時に余分な金を使う気にはなれないかもね。」
夕食を済ませると彼女は前回と同じく俺が差し出したトレーナーに着替えてきた。 「今夜は襲われてもいいかな。」
聞こえ汚しにポツリと言った一言が胸に深く突き刺さった。 (襲われたい、、、か。)
テレビを見ながら寛いでいる尚子の隣で俺はなんだかそわそわしている。 変なもんだなあ。
それを知ってか知らずか、尚子は体を寄せてきた。 太腿が触れ合っている。
あまりにも衝撃的な事件の後だからか、触れ合う太腿が生々しく感じられる。 俺はそっと尚子を抱き寄せた。
頬を摺り寄せてみる。 熱い吐息をもろに感じる。
でもなぜか、それ以上にする気が起きない。 同僚が死んだ後なのだから無理も無いだろう。
10時を過ぎて眠くなったのか、尚子は立ち上がって寝室へ向かった。
翌日の新聞は自殺報道で沸き立っている。 社会面はそのニュースばかり。
あいつがこうしただの、あの人がこう言っただのと書き立てている。 そして副社長たちが逮捕されたことを報じていた。
「これじゃあ、会社はやっていけないな。」 「まずいなあ、、、次の仕事を探さなきゃいけないかも。」
新聞記事に目をやった尚子も思案顔である。 50を過ぎての転職は簡単ではない。
さりとて年金生活にもまだまだだ。 生活保護を受ける気は無い。
「どうするかなあ?」 「そうよねえ。 困っちゃうわ まったく。」
お茶を飲みながら二人で顔を寄せ合って話し合うのだが、、、。 こんな事件が起きるなど予想などしなかったのだからお先は真っ暗である。
なんとか会社が持ちこたえることを祈るしかないようだ。
そこが平社員の哀しい定めだな。
社内は社内で動揺が広がっている。 「社長のやり方に問題が有ったんだ。 それで自殺したんじゃないのか?」
そう話し合っているグループも居る。 「想像だけで判断するな。 そうと決まった訳でもないんだ。 他にも考えられる。」
俺だって気が気じゃないさ。 吉沢って男はよく知らないが、30代半ばのやつだろう?
これからって時に自殺するなんて余程のことが無いと思い切れないよ。 初枝が飛んできた。
「高木さん、彼の机からこんなメモが、、、。」 「メモ?」
『この会社はもう終わりだ。 生きる希望も何もかも奪われてしまった。
俺は新しい世界へ旅に出る。 幸せになるために。』
「どういう意味なんだろう?」 「分からない。 何かヒントになればいいんだけど、、、。」
「とにかくこのメモは警察に渡しておこう。 調べるのはあちらの仕事だ。」
カスタマーセンターの人間が事情聴取を終えたのは午後3時ごろ。 一番怪しいのは監理部である。
何が有ったかは知らないが、部長をはじめ全員が容疑者ということになる。 「疑われてるなあ。」
俺はひとまず社を出た。 通りはまだまだ混乱している。
パトカーも数台が止ったまま。 終いにはテレビ局まで飛んできた。
記者がカメラマンを伴って取材を仕掛けている。 「今回飛び降りた社員について教えてください。」
「いやいや、そう言われても関りが無かったから分からないよ。」 「そんなもんなんですか? 同じ会社で働いてるんですよ。」
「そうは言うけど部署が違うとなかなか会わないんだよ。」 「悪い噂とか有りませんでしたか?」
「付き合いが無いから分からない。」 年配の社員たちは言葉を濁して社に入っていった。
向かいの雑貨屋で時間を潰していると、そこへ尚子が駆け込んできた。 「どうしたんだい?」
「管理部長と副社長が連行されちゃった。」 「何だって? 連行?」
「そうなの。 なんでもパワハラと自殺幇助の疑いだって。」 「えらいこったな。」
そのニュースは翌朝の新聞ででかでかと報道されてしまった。 「どうしたらいいんだろう?」
「俺たちには何も出来ないよ。」 「そりゃそうだけど、あんまりだわ。」
「監理部で虐めが有るらしいことは噂で聞いてたんだ。 でもこうなるとは、、、。」 「信じられない。」
町は金曜日である。 夕方ともなると楽しそうな人たちがドッと繰り出してくる。
でも今夜は飲む気にはなれない。 社員が死んだのだから、、、。
「高木さん、今夜も傍に居ていいですか?」 「いいけど飲めないよ。」
「私も飲みたいとは思いません。 でも一人じゃ居られないの。」 「そうだよな。 じゃあ付き合うよ。」
そういうわけで俺はまた尚子と部屋に戻ってきた。
「あらま、またスーツで来ちゃったわ。」 「しょうがないよ。 事件が事件だから。」
「そうよね。 あ、私夕食作ります。」 「じゃあ、、、。」
俺は台所に立った尚子を見てからテーブルに落ち着いた。
尚子はというとどうやらカレーを作っているらしい。 豚肉と玉葱を炒めてから水を入れて煮込んでいる。
「私ね、ニンジンとかジャガイモは入れないんですよ。 味がどうも苦手で、、、。」 「そうなの? 確かそんな店も有ったような気はするけど、、、。」
家の前をバイクが通り過ぎていった。 会社の前はまだまだ野次馬でごった返しているとか。
そうだよな、この辺じゃあ事件らしい事件も起きなかったから珍しいんだろう。
でもこのままだと来週も営業できるかどうか心配だ。
1時間ほど経ってカレーのいい匂いが漂ってきた。 「出来ましたよ。 食べましょうか。」
尚子は今夜も嬉しそう。 誰かに尽くしたいって言ってた尚子のことだ。
気持ちは十分すぎるくらいに分かる。 俺もスプーンを持った。
「前の奥さんと知り合ったのはいつ頃なんですか?」 「まだ若かったよ。」
「ふーん。 仲は良かったんでしょう?」 「そうだねえ。 毎週デートしてたから。」
「結婚してからも?」 「そう。 いつもショッピングモールに買い物に行ってたよ。」
「それなのに別れちゃったんですか?」 「お互いに何となく結婚して何となく別れたんだよ。」
「そんなことって有るのかなあ?」 「有ったんだな。」
「子供のこととか話しました?」 「たぶん、子供が居たら別れなかったかもね。」
「そんなもんなんですか?」 「子供は夫婦のかすがいって言うじゃない。」
「でもさあ、、、。」 尚子はどっか信じられないような顔をした。
分からないのも無理は無い。 まだまだ付き合ったことすら無いって言うのだから。
(尚子ちゃんだって付き合ってみれば分かるよ。 ほんとに好きな男が現れたら「この人の子供を産みたい。」って思うんじゃないかな? でも俺たちには授かれなかったんだ。」
「でもさあ、子供は要らないって言ってる夫婦も居ますよね?」 「それはそれだと思うよ。 冷たいかもしれないけど、そういう夫婦は居るし、それを否定するつもりは無い。」
「まあ、確かに子供が居るとお金が掛かりますからねえ。 お金が掛からない国に行きたくなるかも。」
「だと思う。 医療費は掛からない町も多いけど、学校やら食費やら洋服屋ら何やらで金は掛かるからね。」
何やら今夜は切羽詰まった話になっている。 「自分の年金だってどうなるか分からないのに、子供にばかり金を掛けられませんよねえ。」
「そうだな、、、。 この先、仕事を十分にやれるかどうかも分からない。 そんな時に余分な金を使う気にはなれないかもね。」
夕食を済ませると彼女は前回と同じく俺が差し出したトレーナーに着替えてきた。 「今夜は襲われてもいいかな。」
聞こえ汚しにポツリと言った一言が胸に深く突き刺さった。 (襲われたい、、、か。)
テレビを見ながら寛いでいる尚子の隣で俺はなんだかそわそわしている。 変なもんだなあ。
それを知ってか知らずか、尚子は体を寄せてきた。 太腿が触れ合っている。
あまりにも衝撃的な事件の後だからか、触れ合う太腿が生々しく感じられる。 俺はそっと尚子を抱き寄せた。
頬を摺り寄せてみる。 熱い吐息をもろに感じる。
でもなぜか、それ以上にする気が起きない。 同僚が死んだ後なのだから無理も無いだろう。
10時を過ぎて眠くなったのか、尚子は立ち上がって寝室へ向かった。
翌日の新聞は自殺報道で沸き立っている。 社会面はそのニュースばかり。
あいつがこうしただの、あの人がこう言っただのと書き立てている。 そして副社長たちが逮捕されたことを報じていた。
「これじゃあ、会社はやっていけないな。」 「まずいなあ、、、次の仕事を探さなきゃいけないかも。」
新聞記事に目をやった尚子も思案顔である。 50を過ぎての転職は簡単ではない。
さりとて年金生活にもまだまだだ。 生活保護を受ける気は無い。
「どうするかなあ?」 「そうよねえ。 困っちゃうわ まったく。」
お茶を飲みながら二人で顔を寄せ合って話し合うのだが、、、。 こんな事件が起きるなど予想などしなかったのだからお先は真っ暗である。
なんとか会社が持ちこたえることを祈るしかないようだ。
そこが平社員の哀しい定めだな。