二人でお酒を飲みたいね。
 ボーっとしてテレビを見ていると電話が掛かってきた。 出てみると康子である。
「しーーーー、。」っと尚子に言ってから話始める。
「電子版で見たんだけど、会社は大丈夫なの?」 「どうなるかまだ分からないよ。」
「なんか逮捕された人も居るんだって?」 「そうだ。 大っぴらにはしたくないがね。」
「じゃあ、しばらく飲めそうにないわね?」 「残念だよ。」
「じゃあさあ、落ち着いたら連絡くれる? 待ってるから。」 電話は切れた。
 尚子は通話を聞かないように寝室でスマホを弄っている。 ニュースを探しているらしい。
「有った。 しかしまあひどいもんだわ。」 布団に寝転がって記事を読んでいる。
でもそのうちに彼女は寝てしまったらしい。 「声を掛けても出てこないなと思ったら、、、。」
寝室の戸を開けて尚子が寝ているのを確認した俺は苦笑して彼女を仰向けにした。
 見れば見るほど抱きたくなってしまう女である。 胸が大きいとかそんなだけじゃない。
寂しげな雰囲気も漂わせている女である。 (ずっと一人だったんだもんな、しょうがないさ。)
「ねえ、もっとしていいのよ。」 「え?」
部屋を出ようとした俺はドキッとして振り向いた。 「いいのよ。」
尚子はまだ眠っている。 「なんだ、寝言か。 脅かすなよ。」
でも尚子を見詰めていると何もせずにはいられない。 また今日も自分との戦いが始まったようだ。

 会社のほうはというと今日も現場検証が行われている。 飛び降りたという3階には監理部の部屋が有る。
その部屋の窓から飛び降りたというのだから落ちたのか落とされたのかも調べの対象のようだ。
 「ずっと吉沢と管理部長は喧嘩してたんですよ。 何かと意見が合わなくてね。」 そう話すのは前管理副部長だった山野武彦。
山野自身、管理部長と意見が合わずに他の部署へ飛ばされているのだから、苦しい顔で話している。
「その管理部長と副社長は仲が良かったわけですか?」 記者が問い質す。
「この二人は社内でも腐れ縁と言われてましたからね。 入社も同じ頃で一緒に飲むことも多かったって聞いてます。」
「今回、この二人が逮捕されたわけですが、会社への影響はどのようにお考えですか?」
「まずはコンプライアンスの問題でしょう。 内部告発も出来ない状況でしたから。 監理部の噂はずっと以前から有ったんです。 でも誰も調べられなかったし調べようともしなかった。
そこでこんな事件が起きてしまったわけです。 吉沢君には本当に申し訳ないことをしたと思います。」
 よく見られる社長の謝罪会見である。 (うちも同じか。)
テレビを見ながら俺はそう感じた。 これまで何も無かったのだから謝罪をする必要も無かったのだが、、、。
取って付けたような謝罪会見を見てしまった俺はこの先の苦労を思うと居たたまれなくなってくる。
「あれじゃあ、どうしようもない。 これからが大変だぞ。) 週が明ければコンプライアンス検討委員会なる物が作られるという。
弁護士とかいちいちの有識者を呼び集めてやるのだそうだが、果たしてそんなことで社内の空気が変わるだろうか?
立派な言葉が並んでも社員の心が変わらなければ同じだろう。
 昼になった。 ようやく尚子も寝室から出てきた。
「すっかり寝ちゃった。 なんで起こしてくれないんですか?」 河豚みたいに頬を膨らまして文句を言う。
「気持ちよさそうに寝てたからさ。」 「私ねえ、夢見ちゃった。」
「どんな夢?」 「高木さんとねえ、エ、ッ、チしてる夢。」
話ながら彼女は頬を赤くしている。 「だからか、、、。」
「え? なになに? 何か言ってました?」 「言ってたよ。」
「えーーー? 何言ってたんですか? 教えてくださいよ。」 「秘密。」
「ひどーい。 女の寝言をこっそり聞いて楽しんでるなんてひどーい。」 尚子はさらに頬を膨らませるのだった。

 静かな土曜日。 学校も休みだから学生たちの声も聞こえない。
俺たちが現役だった頃は土曜日もみっちりしっかり授業を受けてたんだがなあ。 それで何の文句も無かったよ。
今じゃあ週休二日じゃないと仕事もしないって言うじゃない。 まったくどうかしてるよ。
働き過ぎだってよく言われるけれど、仕事が出来て儲かるからじゃなくて、日本人がいい製品を作るからだろう?
外国がそうだからと言って真似しなきゃいけないって法律は無いんだから日本は日本で居るべきだよ。
ワーキングアニマルだとか何だとかって囃し立てるやつらも居るけど、勝手に言わせておけばいい。 クオリティーの高い製品を作れないから僻んでるだけだよ。
僻みたい人間には僻ませておけばいい。 俺たちは俺たちだ。
 そりゃさあ、価値観の共有とか同盟関係がどうのとか、必要な所は連携すればいいさ。 でも無駄は協調は要らないと思うなあ。
 環境が問題なんだ。 何をするにも環境がね。
 先頃は労働者不足だとか何とか言って役所と名の付く作業所がうるさく騒いでいる。
それだって突き詰めていけば労働時間に対する対価がきちんと支払われていないことが一番の問題じゃないか。
そこをきちんと解決しないで外国人を入れようとするから厄介な問題が多発するんだ。
そう思うけどなあ。
 「お昼ですねえ。 何処か行きませんか?」 「そのかっこうでかい?」
「んんんん、これはまずいなあ。」 「だろう? 普段着ならなんとかなったけど、、、。」
「高木さんに買ってもらおうかな、可愛い洋服を。」 「俺にかい?」
「そうですよ。 高木さんのペットなんですからね 私。」 「まいったなあ。 彼女の次はペットか。」
「私じゃあ不足ですか?」 「とんでもないとんでもない。 満足過ぎるよ。」
「じゃあ、もっと可愛くしてくださいね。 ご主人様。」 「まいったまいった。 分かったよ。」
ニコッとして言われたのでは断るわけにもいかない。 どうも女の笑顔には弱いなあ。
これで泣かれたら大変だぞ。 前の奥さんに言い付けてやるーーなんて言われたら、、、。
そんなこんなで幸せそうな尚子と一緒にショッピングモールへ買い物に来たのであります。 ここは気が進まないんだけどなあ。
 2階に入っている洋服屋を覗いてみる。 春だからか明るめの服が多い。 「2時間ほど散歩して来るからえらんでてね。」
俺がそう言って出て行くと尚子は売り場を回り始めた。 俺は3階の家具店を目指している。 すると、、、。
康子が4階から下りてくるのが見えた。 (あいつも買い物に来てたのか。)
エスカレーターで擦れ違ったから気付いていないように見える。 ホッとした一瞬だ。
尚子が一緒じゃなくて良かったな。 暴れる所だったよ。
 4階からは外へ出ることが出来る。 簡単な遊具が置いてあるスペースだ。
ゲームセンターと呼べるほどのゲームは置いて無いけれど、それなりに週末は混雑してるんだよな ここ。 ぐるりと回ってフードコートに行ってみる。
よく見ると何事も無かったような顔でソフトクリームを食べている康子が居た。
俺は会社が大変で遊んでいられないってことになっているのだから裏口へ回ってそこから2階に上がっていくことにした。
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