二人でお酒を飲みたいね。
 週末だからか微妙な感じのドラマをやっている。 いつの間にか尚子も黙ってしまって静まり返った部屋の中でテレビの音だけが聞こえている。
康子はというと仕事が忙しいらしくて土日は出張に飛び回っている。 それもどうかと思うけど、、、。
 カスタマーセンターに移ってからは毎日パソコンを覗くだけで動き回ることは無い。 以前はあれだけ動き回っていたのにね。
 初枝は監理部に移ってから暇さえ有ればセンターにやってくる。 そして時間を潰して戻っていく。
その管理部で自殺者を出してしまった。 これからどうなるんだろうね?

 家の前では犬を連れたじいさんが兄ちゃんと言い合いをしている。 これだっていつものこと。
うるさいの臭いのって兄ちゃんが言いがかりを付ける所から喧嘩が始まる。 殺し合いにならなければいいが、、、。
とにかくね、最近はみんなが我儘なんだよ。 言いたい事だけ言い捨てるから喧嘩になる。
もっと穏やかに暮らせないもんかね? 俺は喧嘩が大嫌いだ。
だから移動になった時も文句一つ言わずに辞令を受け取った。
給料は相変わらずだが、この会社で長年やってきたんだ。 それでいいじゃないか。
 巷では給料が上がったの下がったのと悲喜こもごもらしいがね。
それでもようやく景気が上向いてきたんだ。 それで良しとしようじゃない。
そりゃあ、アベノミクスには批判だって今も有ると思う。 それでもさ、最低最悪の時代は終わったんだ。
やっと光が差してきたんだから前を向こうよ。 なあ、皆さん。

 日が沈んできた。 夕方だね。
そんなに話さないうちに夕方になってしまった。 尚子はポロシャツからキャミソールに着替えたらしい。
「ん、ん、、、。」 「どうしたんですか?」
「キャミなんて着られたら何処を見ていいか分からなくなるよ。」 「全部見てください。」
「おいおい、下着も透けてるのに見れないよ。」 「私のこと嫌いですか?」
「そんなんじゃないけどさあ、、、。」 「じゃあ、見たってかまいませんよ。 見てほしくて選んだんですから。」
今夜の尚子は何処か挑戦的である。 淡い色のキャミに紺の下着では、、、。
しかもその姿で動き回るのだから男の俺としては自分を抑えるのが精一杯だ。 (苦しくなりそうだな。)
 台所に立った尚子は包丁を握った。 天井のライトが怪しいシルエットを浮かび上がらせている。
(襲いたくなったらどうしよう?) そう思った俺はベランダに出て行った。 そこにはかつて飼っていた犬の小屋が置いてある。
野犬狩りの餌を食べてしまって死んで以来、そこには何も居ないのだ。 餌入れがポツンと置いてある。
あれ以来、康子もペットを飼わなくなった。 もう何年になるだろう?
 台所のほうでは料理を作っている尚子が時々ベランダのほうを見ている。 (見てくれないのね。)
不意に見せる寂しそうな顔がまた俺の心を擽ってくる。 でも並んで座っていると嫌でも見えるんだよな。
ベランダから戻った俺は尚子の後ろに立った。 「康子さんもこうだったんですか?」
「あいつはキャミは着なかったな。」 「たぶん、着ても見てくれないって思ったんですよ。」
「そうかなあ?」 「奪われたいのに奪ってくれないって寂しいもんですよ。」
「そうか、、、。」 「乙女心は微妙なんですからね。 分かってくれないと困ります。」
そう言いながら尻を振るのだからこれまた我慢できなくなる。 抑えられなくなって尚子を抱き締めた。
「まだ料理が出来てないから待ってくださいよ。」 そういう尚子の胸に手を当てる。
「じゃあ、それだけね。」 彼女は自分を抑えながら煮物を作っている。
俺は何だか自分を始めて曝け出したような気がした。 「寂しかったんでしょう? やりたい時にはやっていいのよ。」
「そんなこと言われたら止まらなくなるよ。」 「私が止めてあげるわ。」
なんか今夜の尚子はいつもと違って挑戦してくる。 なぜだろう?
ストレスも溜まってるからかな? それとも?
 やがて料理が出来上がった。 テーブルに並べられていく料理を見ていると康子を思い出す。
「康子さんのことは思い出さないでくださいね。 今は私が居るんですから。」 そう言いながら隣に座る。
俺は目のやり場に苦労しながら夕食を食べている。 でも尚子は挑戦するように視線の中へ入ってくる。
ついに我慢できなくなった俺は食事中の尚子を押し倒した。
そして、、、。

 「なんかすっきりしたわ。」 「え?」
「最近ね、ずっとモヤモヤしてたのよ。」 「何で?」
「この年でしょう? 周りの人たちは息子が結婚したとか娘が子供を産んだとか、そんな話ばっかりしてくるのよねえ。」 「そんな時だからなあ。」
「でもあたしは彼氏すら居ないのよ。 悔しいじゃない。」 「分かるなあ。」
「だからさ、高木さんにもっと奪われたいの。 尽くしたいのよ 私、、、。」 「分かった。」
残りの食事を掻き込んでから俺たちは風呂へ入った。 「狭くてごめんね。」
「くっ付いていられるからちょうどいいわよ。」 狭い浴槽の中で体がくっ付いている。
(康子だったら、、、。) 「また考えてるでしょう? やめてよ。」
口を尖らせる尚子に俺は俯いた。
 浴槽を出て尚子が体を洗っている。 俺はというと天井をぼんやりと見詰めている。
「あう、、、。」 そこへ尚子がお湯を掛けてきた。
「何ぼんやりしてるんですか? 高木さん。」 「だって、、、。」
「そんなに嫌いなら帰りますよ。」 「いやいや、待ってよ。」
「じゃあ、私を見ていてください。」 そこまで言われたらどうしようもない。
薄目を開けて見ているとまた尚子がお湯を掛けてきた。 「ちゃんと見て。 私を全て見て。」
意を決したような尚子の表情に押されまくりの俺である。 男とはこれほどに弱い生き物だったのか?
 入れ替わりに俺が体を洗っていると尚子はじっと見詰めている。 (緊張するなあ、、、。)
「何考えてるんですか? 今更緊張したって遅いわよ。」 「そうだな、、、。」
「見られたこと無いんですか?」 「無いわけじゃないけど、、、。」
「奥さん 気を使って見ないようにしてたのね。 ああ、可哀そう。」 「そこまで、、、。」
「裸って男だけが見れる物じゃないんですよ。 女だって見たいわよ。」 「そんなもん?」
「男しか見ちゃいけないなんて不公平だわ。 女は売り物じゃないんですからね。」 正論だ。
世の中、女の裸は溢れているけれど、男の裸は、、、。 相撲と水泳くらいかなあ。
でもどっちも全裸ってわけじゃないからねえ。 確かに不公平だよな。
 また二人並んで湯に浸かる。 結婚し立ての夫婦みたい。
尚子は何も考えていないようにボーっとしている。 その横で俺は緊張している。
奪った女が隣に居るだけなのだから構わないはずなのだが、、、。 何をどうして緊張しているのだろう?
「高木さんって優しい人なんですね? でもね、優しいだけじゃ女は物足りないの。 時には獣になってほしいの。」 「獣?」
「そう。 全てを貪り尽くしてほしいのよ。 それが愛するってことなんじゃないかなあ?」 「でも、、、。」
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