二人でお酒を飲みたいね。
 「焦っちゃったわよ。 吉岡さんたちに遭うんだもん。」 「まあまあ、あいつらも心配して来てくれてるんだ。 嬉しいもんだよ。」
「だからって同じ時間に来なくてもいいでしょう?」 「そりゃそうかもしれんが、予定ってもんが有るからさ、、、。」
「でも彼女としてはもうちっと考えてほしいわよ。」 「彼女?」
「取り敢えず今は未公認ですけどねえ。」 尚子は不服そうである。
 やっと起き上がれるようになってきた俺は尚子をベッドに座らせてから抱き寄せた。 「パホーマンスじゃないわよね?」
「これまでこうして来てくれてるんだ。 嬉しいんだよ。」 「康子さんは?」
「あいつはあいつで嬉しかったよ。 ずっと傍に居てくれたんだからね。」 「それじゃあ、、、。」
「でもさ、、、。」 俺は尚子の顔を見詰めると黙り込んでしまった。
「私やっぱり彼女辞めようかな。」 「何で?」
「だってまだまだ康子さんが心の中に居るんだもん。」 「でもそれは、、、。」
「無理しなくていいのよ。 私はセフレでも何でもいいから。」 そう言った彼女は寂しそうな影を引きずって部屋を出て行った。
「セフレか、、、。」 その言葉だけが妙に耳に残ってしまった。
確かにまだはっきりと付き合いを決めたわけではない。 だからって付き合っていないわけでもない。
嫌いなわけでもない。 だからって一緒に暮らしたいとも、、、。
そこまで思い巡らせた時、俺はまた決断できない自分の弱さに気付かされた。
 康子は週末になると俺が気に入りそうなお菓子や飲み物を持って見舞いにやってきた。 それとなく可愛い化粧をしてね。
 「調子はどうなの?」 「だいぶ良くなったよ。 傷も閉じたらしい。」
「相当に深く刺さってたって聞いたわよ。 本当に大丈夫なの?」 「大丈夫だよ。」
そう強がって立とうとするが、「う、。」っと顔を顰めて座り込んでしまう。
「だからさあ、格好付けて無理するんじゃないの。 まだ痛むんでしょう?」 「あ、ああ。」
「元気になったことだけ分かればいいの 今は。」 椅子に座った康子は小テーブルの上を見た。
「花も枯れそうね。 来週は新しいのを買ってくるわ。」 「そこまで、、、。」
「いいのよ。 私ね、眠っているあなたを見ながら気付いたのよ。 自分から別れたくせにまだ好きなんだなって。」 「康子、、、。」
「こないだ、フードコートで会ったでしょう? そして飲みに行ったわよね。 あの時はただ懐かしいだけだったの。 でも、あなたが刺されたって聞いてここに来た時、あなたは意識が無かった。」 「それで?」
「顔を見てたらいろんなことを思い出しちゃってさ、、、。 私ってバカだなって。 何で別れたんだろうって本気で後悔したわ。」
康子は椅子から立ち上がると俺の横に座った。
「こうしてあなたの隣に居た頃は何も感じなかったけど幸せだったんだなって気付いたの。 もう一度戻れないかな?」
「戻る?」 「すぐじゃなくてもいいわ。 あなただっていい人が居るんでしょうからねえ。」
半分泣きそうな目で目の奥を覗いてくる。 俺は目を伏せた。
「やっぱり居るのね? でもさ、私はあなたが好きなの。 心底愛してるの。 それだけは分かって。」
「康子、、、。」 今までに無いストレート過ぎる康子の言葉に俺は返事を返せない。
寂しそうに部屋を出て行った尚子と、幸せそうに笑って出て行く康子の顔が揺れている。 俺はどうしたらいいんだ?
悩めば解決する問題でもない。 何処かに答えが転がっているわけでもない。
布団をかぶると眠れないままに朝を迎えてしまった。

 医者が診察に来た。 「おー、だいぶいいようだね?」
「ええ、まあ。」 「どうしたんです? 寝れなかったんですか?」
「ちょっとね、、、。」 「可愛い女性が二人も来てたって見回りの看護師が言ってました。 人気者ですねえ 高木さんは。」 「そうでもないよ。」
「まあ、もう少し様子を見て月末にも退院できるかどうか判断しますからね。」 医者は看護師をせかしながら部屋を出て行った。
 会社のほうでは新体制が発足して営業再開をいつにするか検討中であった。 でもまだまだ事件は尾を引いている。
辞職する人間が後を絶たなくて求人票を出したのだ。 しかし思うように人が集まらない。
【虐めがはびこる会社】というイメージがなかなか払拭できないでいるのだ。
地元放送局も動きが有るたびに報道していた。 その中で副社長が辞任した。
「辞任だけで済ませようとしてるのか?」 世間の風は誠に冷たい。
そうだよな、自殺者を出した後、手を打つ間も無く殺人未遂事件を起こされてしまったのだから。
 管理部副部長の米沢真理子は毎晩寝汗をかくくらいに苦しんでいた。 誰もそれを助けられなかった。
次々と辞職者が増えていく。 その時に俺は会社に戻ってきた。
カスタマーセンターの椅子に座ってみる。 何年も空席だったような気さえしてくる。
ホームページは閉鎖されていた。 事件後に嫌がらせが急増したからだ。
「寂しいもんだなあ。 仕事が無くなってしまったよ。 これじゃあ大変だな。」 隣には初枝が座っている。
なんでも俺が刺された翌日にセンターに回されたんだそうだ。 「柳田さんも大変だなあ。」
「何言ってるの? あなたに比べたら私なんて遊んでたおもちゃを取り上げられただけよ。」 「譬えが変だよ。」
「いいじゃない。 こうして元気になったんだから。 私が和ませてあげるわね。」 「和ませる?」
「そうよ。 ちょっとね、殺伐とし過ぎてるの 会社の中が。」 「そうだねえ。」
 もう6月である。 5月末に退院はしたものの、すぐには動けなくて2週間ほど自宅療養をしていたのだ。
仕事も昼までに切り上げることにしている。 今はセンターとして動くことも無い。
ホームページの再開も未定のまま。 時々電話が掛かってくる。
でも、その半分は「まだやってるのか?」っていうクレームだ。 対応しきれないな。
 管理部から移動した初枝はまず部屋の模様替えをした。 カーテンも明るい柄にした。
机にはテーブルクロスを敷いてみた。 電話にはまるで昭和時代みたいなカバーを取り付けてみた。
「これで雰囲気だけでも明るくなるといいんだけどなあ。」 彼女は今日も試行錯誤を続けている。
そこへ社長の沼井が入ってきた。 「ここは明るい部屋だね。」
「そうですか? まあ雰囲気だけでも明るくしないとやってられません。」 「そうだよな。」
「これからどうするんですか?」 「まだまだ暗礁に乗り上げたままだよ。 これといって施策が思い浮かばない。」
部屋をぐるりと見まわした沼井は唇を噛み締めて窓を睨んでいる。 「自殺者を出してしまったんだ。 俺の責任は重すぎる。」
「だからって悩んでばかりも居られないでしょう?」 「そうなんだよ。 高木君。 コンプライアンス委員会も見直す所が多過ぎるって言って来てるんだ。 どうしたらいいもんかね?」

「私は営業とセンターのことしか知らないから何も言えませんが、、、。」 「なんとか君の力で盛り立ててくれないか?」
「私が、、、ですか?」 「君は長いんだ。 先代の信用も厚かったし、手を打てると思うんだがね。」
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