二人でお酒を飲みたいね。
 「窓際に追われた人間ですよ。 何も出来ません。」 「窓際だから中はよく見えるだろう?」
その言葉に俺はギクッとした。 (窓際だから中がよく見える、、、。)
確かにそうかもしれない。 真ん中に居ると周りのことはよく見えるが、周りからどう見えているかは分からない。
隠れている虐めも有るだろう。 もしかすると何も言えないで苦しんでいる人も居るかもしれない。
沼井が帰った後、俺は初枝に相談した。 「高木さんならやれるわよ。 先代の社長も「あいつの言うことは確かだ。」っていつも言ってたんだから。」
「それは知らなかったな。」 「私ね、最初は社長の秘書をしてたの。 朝からずっと一緒に居たのよ。 それで文句とかいっぱい聞かされたわ。」
「社の立て直しか、、、。 大仕事だな。」 「大丈夫よ。 私と尚子ちゃんが助けるから。」
「それはいいけどさ、、、。」 「不満なの? ああ、尚子ちゃんは彼女だもんねえ。」
思わず焦る俺を見て初枝は大きな声で笑いだした。 「そんなに笑わなくても、、、。」
「ごめんごめん。 実はね、映画館であなたたちを見てたのよ 私。」 「え? 気付いてたの?」
「誰か居るなと思ってスマホを見る振りをしながら歩き回ってたの。 そしたらさあ、、、。」 「分かった分かった。」
「じゃあ、明日にでもプロジェクトチームを立ち上げましょう。 社長にも話しとくわね。」 俺が社を出るのと一緒に初枝も部屋から出てきた。
 家に戻ってくるとまだまだ午後2時である。 尚子も康子も居ない。
蒸し暑くなってきた部屋の窓を開け放して寝室に寝転がる。 「彼女だったのね?か。」
何処で誰が見ているのか分からないもんだなあ。 康子にも感付かれているし。
それでも思い出すのは初めて尚子と絡んだあの夜のこと。 本気で奪いたいと思ったあの夜のこと。
康子にはなぜ出来なかったのだろう? 若かったから?
そうでもないだろう。 子供を心配したから?
でも夫婦ならそれもおかしな話。 俺たちは子供なんて要らないとは思わなかったし。
来る者は拒まずだったはず。 それなのに本気で奪えなかった。
「あなたは弱虫なのよ。」 尚子が言っていた。
子供のころから何かと決断できなくて周りに合わせてきた俺だった。 それがいけなかったのか?
 ぼんやりしていると電話が掛かってきた。 出てみると沼井である。
「柳田さんから聞いたよ。 ぜひよろしく頼む。」 「分かりました。」
それだけ言うと俺は受話器を置いた。 「よろしくって言われてもな、、、。」
何だか振り切れない思い出居間に来ると玄関のチャイムが鳴った。 「誰だろう?」
出てみると宅配便である。 送り人は康子だ。
「退院のお祝いにあなたが好きだったお酒を送るわ。 飲んでね。」 そんな手紙が入っていた。
 手紙をじっくりと読んでいるとまた玄関のチャイムが鳴った。 「今度は誰だろう?」
「様子を見に来たわよ。」 スーツ姿の尚子である。
「尚子ちゃん、、、。」 「来ちゃダメだった?」
「そんなことは無い。 まあ入って。」 「落ち込んでるかと思って心配しちゃったわよ。」
「そう?」 「彼女辞めるなんて言っちゃったからさ、、、。」
「気にしてないよ。 大丈夫だから。」 「今夜もここに居ようかな。」
「いいけど、、、。」 「たまには奥さんしたいから。」
「奥さんねえ。」 「不満ですか?」
「とんでもないとんでもない。 大助かりだよ。」 「またまた、、、ほんとは私の裸が見れるって喜んでるだけでしょう?」
「あぐ、、、。」 「図星だわね。 ほんとに変態なんだから、、、。」
「そうじゃなくてだなあ、、、。」 「言い訳無用ですよ。 ちゃんと着替えも持ってきたから。」
 それで尚子は寝室へ入っていった。 出てきた尚子を見て俺はまたまた焦ってしまった。
「何でそんな顔するのよ? 嬉しいんでしょう? ほんとは。」 キャミソールである。
しかも今夜は胸にレースが入っている。 俺は自分が萌えてくるのをどうしようもなかった。
「落ち込んでる高木さんにはこれが一番いいかと思って、、、。」 尚子の作戦勝ちである。
まんまとやられてしまった俺は腰が抜けたように椅子に座った。 「これくらいで崩れちゃうなんて純粋な人なのねえ。」
 尚子は早速台所に立った。 以前に増してスカートがヒラヒラしている。
目のやり場に困っていると涼しい顔で尚子が振り向いた。 「襲ってもいいわよ。 私は何とも思ってないから。」
「そうは言うけど、まだ明るいし、、、。」 「愛に昼も夜も関係ないわよ。」
澄まして答える尚子に俺は太刀打ちできなくなっている。 (まいったな、、、。)
「さあ、いらっしゃい。 存分にどうぞ。」 そういうと尚子はさらに挑発してくる。
俺は週刊誌を顔にかぶせて寝た振りをしてみた。 「ごまかしてもダメよ。 分かってるんだから。」
これじゃあ、いよいよ追い込まれてしまう。 逃げられないな。
尚子の後ろでウロウロしていると彼女がお尻を押し付けてきた。 「ダメダメ。 まだ早い。」
「ってことは、、、寝る時にでも襲う気なのね?」 「う、、、。」
「私の勝ちね。 来て良かったわ。」 勝ち誇っている尚子の前で俺は言う言葉が無くなってしまった。
「奥さんは挑発してこなかったの?」 「しなかったなあ。」
「諦めてたのね? 可哀そうに。」 「でも、、、。」
「女って奪われたい時に奪われないと退いちゃうものなのよ。 分からなかったのね?」 「若かったからね。」
「それだけじゃないと思うなあ。」 「え?」
「女心を分からなすぎるの。 真面目な人って。」 「そうか、、、。」
考えてみれば女遊びなんてしなかった。 入社以来、仕事のことしか考えなかった。
そりゃあ康子が居たから全く考えなかったわけではないが。 それでも火遊びはしなかった。
しなかったというより出来なかったと言うべきか。 康子と付き合っていたわけだしね。
 夕食がテーブルに並んだ。 「柳田さんも、、、。」
「知ってるわよ。 気付いてたんでしょう? 歩き回ってるのを見て変だなって思ったの。 あの狭い所で歩き回らなくたっていいもの。」 「鋭いな、、、。」
「神田家は鋭いのよ 私。 仕事はダメだけど。」 「なかなかやってるほうだと思うけどなあ。」
「んんんんん、ダメダメ。 柳田さんたちに比べたら私なんて、、、。」 「そうでもないよ。」
「そう言ってくれるのは高木さんだけよ。 好きになって良かった。」 褒められてるのかいないのかは分からない。
でもまあ、それでも好印象だけは持ってもらってるみたいだ。 って周りの評価ばかり気にしている。
 焼き魚を食べながら今夜は日本酒を飲んでいる。 康子が送ってくれたやつだ。
「奥さんから来たのね?」 「おいおい、奥さんじゃないよ。」
「でも、奥さんだったんでしょう? 同じよねえ。」 「う、うん。」
「今夜は徹底的に言い返せないわねえ? 私の勝ちよ。」 これじゃあ、まったく歯が立たない。
「私も飲もうかな。 日本酒。」 「尚子ちゃんはビールじゃ、、、?」
「飲んじゃダメなの?」 「いいよ。 じゃあ飲もう。」
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