二人でお酒を飲みたいね。
 というわけで尚子も日本酒を飲んでいる。 テレビは消してある。
今夜は尚子に集中しようと思ってね。 ところがどっこい、集中する前にやられてしまった。
夜も10時を過ぎるとだんだんに眠くなってくる。 若い頃はけっこう飲めたのになあ。
尚子も同じことを考えているらしく、ボーっとしている。 「酔っちゃった。」
「寝ようか。」 「うん。」
 あれだけ挑戦的だった尚子も酔いには勝てなかったらしい。 同じ布団に入るとさっさと寝てしまった。
(あの日みたいだな。) そう思いながら俺は尚子を抱いた。

 翌朝、目を覚ました尚子は眠っている俺を見ながらニヤニヤしている。 (抱いてくれたのね。 なんか幸せだった。)
キャミソールも下着もその辺に散らかっていた。 彼女はそれを集めると着直してまた布団に潜った。
 俺が目を覚ましたのは昼近くである。 「よく寝たな。」
「ねえねえ、高木さん 昨日の私はどうだった?」 「どうだったって?」
「んもう、雰囲気読まない人ねえ。 抱いたんでしょう? どうだった?」 「可愛かったよ。」
「それだけ?」 「前とは違って激しかった。」
「ほんとにつまんない人ねえ。 真面目過ぎるのも善し悪しだわ。」 「何で?」
「私の体はどうだった?って聞いてるの。」 「最高だったよ。」
「もういいわ。 聞かない。」 尚子は不満たらたらで横を向いてしまった。
(あれじゃあ奥さんも萌えるわけ無いな。 訓練しようかな。) 何かを考えている。
 「ねえねえ、高木さん お風呂入りましょうよ。」 「お風呂?」
「まだ入ってないでしょう? 一緒に入りましょうよ。」 「う、うん。」
どっか煮え切らない俺に苛立ってきたのか、尚子は風呂の湯を沸かし始めた。
「沸いたら一緒に入りましょうね。 高木さん。」 今日もまた挑戦的である。
まるでサーカスか何かの訓練場みたい。 「私が鍛えてあげるわ。」
それが何なのか、尚子が何を言おうとしているのか、俺には分からなかった。

 会社はというと幹部連中が集まって何やら会議をしている。 「俺たちだけが集まって話し合っても意味は無いだろう。 各部署からの意見を上げなきゃ、、、。」
「とはいってもどれだけの意見が出てくるか、、、。」 「これまで取締役が締め付けてきたんだ。 出るわけが無いだろう?」
「俺たちのせいなのか?」 「業績にばかり目が行って社内のことは何もしなかった。 そうじゃないのか?」
「それは君たちだって同じじゃないか。 俺たちだけのせいじゃない。」 何処にでも見られるなすり合いである。
なすり付けて済む物ならとっくに解決している。 それがそうもいかないのが人間社会だ。
 さんざんに激論を交わした挙句に解決策を出せなかった取締役会は社長の名前で俺に電話を掛けてきた。
「電話みたいよ。 出なくていいの?」 俺は尚子の体を洗っている最中だった。
「こんな時に、、、。」 しょうがない、出るしか無いな。
バスタオルを腹に巻いて受話器を取り上げると鎌田哲郎の声が聞こえてきた。
「高木君、社内のコンプライアンスを強化するためにぜひ君の力が必要だ。 明日にも会議に来てくれ。 意見を聞かせてほしい。」
「分かりました。」 受話器を置いた俺は溜息を吐いた。
「どうしたの?」 「明日、会議に来いって。」
「呼んだのは社長ね。 ほんとに何も出来ないんだから、あの人は。」 「そうだな。」
「毎晩、女の子を呼んでるって話よ。 そんなんするよりこっちのことを考えてほしいわ。」 尚子が自分を指差したものだから俺はプッと吹き出してしまった。
「なあに? 私、おかしなこと言った?」 「自分のことを考えてくれって、、、。」
「え? じゃないわよ、これよ、これ。」 慌てる尚子は財布を指差した。
「なるほどね。」 「まあ、高給取りには分からないでしょうよ。」
「同感だ。」 「でもさ、高木さん いつ服着るの?」
「そうだった。 すっかり忘れてた。」 受話器を置いたすぐに尚子が話しかけてきたものだから俺は突っ立ったまんまだったのだ。
「冷えたわねえ。 もう一度暖まってから着たほうがいいわよ。」 「尚子ちゃんは?」
「私はもう着ちゃったからダメでーす。」 おどける尚子に見送られながら俺はまた風呂へ、、、。
湯に浸かると会議の様子を想像してみた。 「あの面々じゃあいい考えは浮かばない。 無理だろうな。」
管理畑を歩いてきた連中だ。 営業のことなど何もわかっていない。
ましてや、社内のことなんて、、、。

 しばらく風呂から出てこない俺を心配したのか、尚子が声を掛けてきた。 「高木さん?」
「あう、、、。」 「もう、、、こんな時に溺れないでくださいよ。」
「ごめんごめん。 考えてたらさ、、、。」 「私のこと?」
「ん、、、」 返事をしかけて俺は迷った。
(うんと言えば違うことになるし、そうだと言えば、、、。 まあいいか。) 「そうだよ。」
「そっか。 でもそんなことで溺れちゃダメよ。 人生はまだまだこれからなんだから。」 「もう半分過ぎてるよ。」
「何言ってるの? あと50年有るんですよ。」 「無い無い。」
「誰がそう言ったんですか?」 「うーーーーーーん、、、。」
「誰もそんなこと言ってませんよ。 頑張りましょうねえ 高木さん。」 ポンと俺の肩を叩く。
(今日もやられっぱなしだな。)

 服を着て落ち着いた俺は椅子に座ってコーヒーを飲んでいる。 (尚子も美味しいな。)
「え? 私美味しかった?」 「そうじゃ、、、でもないか。」
「何よ? 何が言いたいの?」 「尚子ちゃんもコーヒーも美味しいよ。」
「コーヒーと一緒にしないでよ。」 拗ねる尚子は俺の膝の上に座った。
カップを置いた俺はそんな尚子を後ろから抱き締めてみた。 「もっと愛されたいなあ。 壊されたい。」
おとなしくもたれてくる尚子を抱いたまま、俺もボーっとしている。
(本気なんだな 尚子は。) 無性に愛しく思えてくるのである。
そしてまた、、、。

 夜になった。 居間の真ん中で俺たちは絡み合ったまま眠っていた。
開けられていた窓からは涼しい風が吹き込んでくる。 寒く感じた尚子は目を覚ますと俺を揺り起こした。
「いつまで寝てるの? もう夜よ。」 「え? 寝ちゃった。」
「思い切り絡んでたから暖かかったけど、風が寒いわねえ。」 「そうだ。 夜は意外と風が冷たいんだよな。」
「さあ、今夜も飲みましょうね。」 「うんうん。 尚子ちゃんも慣れてきたね。」
「そりゃそうですよ。 奥さんなんですから。」 「ぐ、、、。」
「何よ あんなに激しく抱いておいて。」 「おいおい、それは、、、。」
「愛してくれてるのねえ 高木さんも。 幸せだわ。」 「そうか。」
 台所に立つ尚子もいつもと違って見えている。 なぜだろう?
三回も激しく抱いてしまった。 それで俺の女にしたってことか?
抱けば抱くほどに奪いたくなってくる女だ。 康子だってそうだったのかもしれないが、何かが違う。
それだけ年を取ったのか? それだけではないだろう。
自分では分からない何かがそこに有る。 謎が有るから余計に萌えているのかもしれない。
台所では鼻歌を歌いながら尚子が料理を作っている。 幸せそうだな。
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