二人でお酒を飲みたいね。
 「今晩はカレーにしました。 チキンカレーです。」 「美味そうな匂いだね。」
「匂いだけじゃないわよ。 これは本当に美味しいんだから。」 尚子は自信たっぷりに勧めてくる。
バターの香りがする。 今までに無い味だ。
「ちょっとバターを入れてみました。 どうですか?」 「いい味だね。 もっと食べたくなるよ。」
「そうやって私も食べたんでしょう?」 「いやいや、、、。」
「はっきり言いなさい。 そうなんでしょう?」 「う、うん。」
「素直でよろしい。 もっと食べてくださいね。 私はどうも食べられ足りないから。」 「え?」
「そうよ。 私はもっともっと愛されたいの。 本当の奥さんみたいに。」 「本当の奥さん?」
「だってまだまだ見せ掛けだもん。 つまんないわよ。」 「そうか。 そうなのか。」
「何納得してるんですか? 納得されちゃ困るんだけど、、、。」 「でも、、、。」
女心とは本当に不可思議である。 俺にはまだまだよく分からない。
でも分かってしまうとそれはそれで怖いかもしれない。 複雑である。
分かりたいとも思うし、分かりたくないとも思っている。 どうすればいいのだろう?

 今夜も辺りは静かである。 時々バイクや車が通り過ぎてはいくが、、、。
団地は高齢者ばかりだから夜ともなれば真っ暗である。 不自由ではないのかと思うくらいに。
でも寝るのが早いらしいからそうでもないのだろう。 俺だって最近は早く寝るようになった。
尚子が来ている時は11時くらいまで起きているけれどね。
 「明日は会議だ。 考えを伝えなきゃね。」 「伝わるかなあ? 高木さん 話下手だから、、、。」
「痛い所を突いてくるなあ。 それを言っちゃ何も出来ないよ。」 「そりゃそうだわ。 あはは。」
尚子は口直しのコーヒーを飲みながら笑った。
 ほんとに昔から話下手なんだよな。 児童総会でもうまく話せなくてどぎまぎしたくらいだから。
そんな俺なのに不思議にも康子とはうまくやってたんだよ。 あいつのリードがうまかったのかな?
文句も言わずに話を進めてくれていた。 気付いたらまとまっていて、、、。
そんな俺だから余計に心配なんだよな、、、。 ましてや、相手は取締役とかお偉いさんばかりだ。
うまく話せるだろうか? 布団に入っても不安が尽きない。
「そんな時は諦めて寝ちゃうのよ。 何もかんも忘れて寝ちゃうの。 寝ないと損するわよ。」 「そうだけど、、、。」
「私を食べてもいいから寝なさい。」 何だか尚子が母親に見えてくる。
 それでも不安そうにしていると尚子が腕枕をしてきた。 「たまには私がしてあげる。」
そう言いながら目の奥を覗き込んでくる。 余計に寝れなくなるじゃないか。
 でもまあ、腕枕とは不思議なもので、数分と経たないうちに俺は寝てしまった。

 翌朝、いつも通りに起きてみるともう尚子は起きていて、朝食を作っていた。
「おはようございます。 お父さん。」 「おいおい、お父さんはよせよ。」
「でもお父さんじゃない。 ねえ、高木さん。」 「う、そりゃそうだけど、、、。」
「今日は元気に行ってらっしゃいね。 待ってるわ。」 味噌汁を飲みながら尚子はしおらしく言うのである。

 沼井正が社長に就任したのは一年前。 田村の娘 洋子では埒が明かないということで選任されたのである。
それでも社内の空気を変えられずにここまで来てしまった。 そして事件が続いたのである。
もはや会社はおからに火が点いた状態で、改革止む無しの状態である。 その中で沼井は苦慮していた。
 「高木君、君の意見を聞かせてくれ。 何が一番大事なのかね?」 「それはまず第一に社内で何でも話が出来る環境を作ることです。」
「というと?」 「これまで社内では誰もが自由に発言できる環境も空気も無かったように思います。 だから今回のような事件が起きたわけです。」
「だからって自由に意見を言えるようにしたらとんでもないことになるぞ。」 「まあ待ちなさい。 彼の発言はまだ終わってないんだ。」
「それから第二に社員同士の信頼関係を構築するような取り組みが必要です。」 「そんなの無駄だよ。 やろうとしても誰も賛成しなかったじゃないか。」
「まあ、待ちなさい。 これからの話をしてるんだよ。」 「今までもこれからも同じだよ。 同じ人間しか居ないじゃないか。」
 会議は延々と5時間も続いたが、休憩を挟んでも結論は出てこない。 「ということですから、今回の会議はここまでにします。 後はプロジェクトチームの意見を参考にして、、、。」
「そんなことだからまとまらないんだよ。 社長が生温いことばかりやるから。」 「だからさあ、批判は何ぼでも言えるんだ。 やるかどうかが問われてるんだよ。 やる気有るのかね?」
文句ばかり言っていた取締役の一人は思わぬ正論に黙り込んでしまった。
 「高木君、これからの作業は大変なことになるだろうが、よろしく頼んだよ。」 沼井も申し訳なさそうに頭を垂れた。
家に帰ってくると尚子は模様替えの真っ最中である。 居間から寝室へ、寝室から居間へと歩き回っている。
「お疲れさまでした。 今日の会議はどうでした?」 「どうもこうも無いよ。 分らん連中ばっかりで。」
「そうよねえ。 自分の部屋しか知らないんだもん。 無理も無いわよ。 で、どうするの?」 「プロジェクトチームに全部投げられたよ。」
「えーーーーーー、それもまた困った話ねえ。 こっちで意見を出せっていうことなんでしょう? まったくもう、、、。」 「お偉いさんはこれだから困るよ。」
「ほんとだわ。 自分の会社なんだからちっとは考えてほしいわよ。」 そう言いながら尚子は取り込んだ洗濯物を居間に投げ出した。
 今日は尚子も機嫌が悪い。 嫌だなあ、、、。
「今晩さあ、焼き肉でもしませんか? 柳田さんたちも呼んでさあ。」 「いいねえ。 やろうか。」
「じゃあ、買い出しに行ってこなきゃねえ。 高木さん 連絡しといてくれます? 買ってくるから。」 「ああ、いいよ。」
とは言ったが会議の疲れがドッと出てきてテーブルに伏したまま寝てしまった。 そして、、、。
「ただいまーーー。」 尚子が帰ってきた声を聴いて俺は慌てて目を覚ましたのである。 「寝てたでしょう? そう思って私から連絡をしておきました。」
「ごめん。 すっかり寝ちゃって、、、。」 「6時半ごろに来てくれるそうですよ。 柳田さんと栄田さん。」
「栄田君も呼んだのか?」 「そうよ。 心配してくれてたんだからねえ。」
「そうだな。 まだお礼返しもしてなかった。」 「それも兼ねて今夜はパッとやりましょう。」
少しばかりの庭でバーベキューセットを広げる。 椅子も何個か用意して準備万端。
6時になると俺は火を起こして炭を抱えてきた。 「天気もいいし、最高だなあ。」
カラスが飛んでいく。 自分たちの巣へ帰っているのだろうか。
串も用意した。 キャンプみたいだなあ。
「こんばんはーーー。 本格的ねえ。」 初枝の頓狂な声が聞こえる。
「よ、高木君 ビールも樽で買ってきたぞ。 飲もうぜ。」 栄田もご機嫌である。
炭にも火が入って肉を焼き始めると尚子はキャミに着替えて出てきた。 「おいおい、、、。」
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