二人でお酒を飲みたいね。
 昼になり、初枝と尚子が俺を誘いに来た。 「一緒に昼ご飯食べましょうよ。」
「そうだね。 午後からは会議が入ってるから、今のうちにガス抜きをしよう。」
 外へ出てみると駐車場のほうに人盛りが出来ている。 「何だろう?」
「起訴されたし慰霊に来てるんじゃないの?」 「そっか、、、もうすぐ半年だもんね。」
三人で話しながら通り過ぎようとした時、人盛りの向こう側に居る男の顔が見えた。 「あいつは、、、。」
「どうしたの?」 「5年前に強姦事件を起こして解雇された藤沢洋一だよ。」 「え? 何で藤沢さんが?」
人盛りの中で倒れている男が居る。 確かに藤沢だ。
俺は初枝たちを先に行かせてその中へ飛び込んで行った。

 「おかしいなと思ったらこの人が倒れてたんです。」 一人のサラリーマンが話してくれた。
「藤沢がなぜ?」 「そうだ。 黒いバッグを持ってきていきなり首を吊ったんだ。」
「黒いバッグ?」 それは男の横にきちんと置かれていた。
俺は何気にそのバッグを開けてみたんだが、、、。 中には女の髪の毛が、、、。
「これはいったい、、、?」 そこへパトカーが何台かやってきた。
人盛りはさっと解けて警察官が中へ入っていく。 「最初に発見された方はこちらへ来てください。」
しかしまあ、よりにもよって駐車場で首吊りなんて何をどうしたんだろう? 考えてみても分からない。
とにかく俺は尚子たちに連絡して昼食を食べれないことを伝えた。
 「自殺ですかね?」 「事件だとは思えない。 取り合えず会社の人たちの事情聴取もやってみよう。」
捜査員たちは二手に分かれた。 駆け付けてきた尚子たちも唖然とした顔で成り行きを見守っている。
「これで三件目。 どうなってるの?」 「分からん。 今年は受難の年だな。」
沼井もさすがに唖然とした顔で藤沢が倒れている辺りを見回している。 「やり切れんな。」
「緊急会議を招集しましょう。」 「そうだな。 柳田さん 全員に声を掛けてくれ。」
初枝は社の中へ飛び込んで行った。 そんな初枝を追い掛けるように尚子も後に続いた。

 藤沢が解雇されたのは5年前。 帰宅途中に女子大生を強姦したとかで逮捕されたのがきっかけだった。
彼は開発部の古参社員でヒット商品を生み出すアイデアメーカーだった。
ところがそんな藤沢を良く思わない連中が居た。 そして彼の周りでデマを流し始めた。
あの女社長もデマを信用してしまって彼に辛く当たるようになったんだ。 物を盗んだとか、セクハラをしてるとか、そりゃあひどかったらしい。
何度説明しても女社長は認めてくれなかった。 そんな矢先の事件だ。
「あんたみたいな獣はこの会社には要らないの。 出ていきなさい!」 面会した女社長はそう言うとその場で辞表を書かせたらしい。
そして藤沢は懲役刑を受けた。 最近、やっと出所したところだったという。
その足で会社にやってきて自殺した。 社長は既に後退していたが、、、。
 彼の遺体が運び出されていった。 俺はどう言っていいのか分からない気持ちで現場に立ち尽くしていた。
(吉沢といい、藤沢といい、有能な社員が二人も自殺してしまった。 この会社はこれからどうなるんだろうか?)
考えてみたって分かるわけも無い。 だが考えずには居られない。
 「まもなく会議室で緊急会議を始めます。 社員の皆さんは大至急お集まりください。」
初枝の声が聞こえた。 我に返って振り向くと泣きそうな顔で尚子が立っていた。
「高木さん、行きましょう。」 「ああ。」
 会議室はさすがに空気も重く感じる。 プロジェクトチームの会議とはまったく違う。
沼井も沈痛な思いで席に座った。 司会は初枝である。
 「今回、藤沢さんが我が社の駐車場で自殺されました。 理由はどうであれ、まずは黙祷を捧げましょう。」
全員が静かに起立して目を閉じた。 確かに吉沢の時とは何かが違う。
座り直すと初枝は社長の顔をチラッと覗いてから話し始めた。

 「今回、藤沢洋一さんが駐車場で自殺したのを目撃した方は居ますか?」 誰もが押し黙っていて室内には重たい空気が流れていた。
「誰も目撃していないわけですね? となると彼は私たちの目を盗んで自殺したことになります。 確かに彼は5年前に解雇されてはいるのですが、、、。」
「そのことで、相談を受けたことが有ります。」 「何ですって? 相談?」
「はい。 俺は何もしてないのに悪者扱いされている。 どうしたらいいのか分からないって。」 「高島さん、それ本当なの?」
「本当です。 副社長にも話したんですけど、まったく相手にされませんでした。」 高島悦子は管理部の社員である。
どうやら藤沢とは入社以来、仲が良かったらしい。 結婚まで考える仲だったそうだ。
「やっぱり社内の陰湿な空気が問題だったのね。」 初枝はやり切れない顔でお茶を飲んだ。
 「いつだって問題になるのは、事が起きたときの対処なんです。 誰にも相談できない 言っても聞いてくれない、こんな空気を変えませんか? 皆さん。」
会議は段々と重たくなってきた。 古参社員の多くは辞職してしまっている。
あの頃の開発部の様子を知っているのはそんなに居ない。 何処も彼処も問題だらけではどうしようもない。
その時、沼井が意を決したように立ち上がった。
 「私は社長の傍で実務をやってきました。 しかし対外的な実務が多くて社内のことは副社長に任せっきりだった。 本当に申し訳ない。」
深々と頭を下げる沼井を今年は何回見ただろう? そのたびに彼が老けていくようなそんな寂しさを俺は感じていた。
「沼井さん 一人の責任じゃない。 これは俺達全体の問題だ。 俺たちが変わらなければ何も変わらない。 藤沢さんだって浮かばれないよ。」
「そうだ。 彼は会社きってのアイデアメーカーだった。 彼の意志をみんなで継ごうじゃないか。」
河井と栄田がそう言うと、みんなは俄かに顔を見合わせて何かを誓うのだった。
 会議は長く続いた。 そして情報網の整備と社内環境の清浄化が決定された。
会議を終わってみんなが部屋を出た時、時計は6時を回っていた。
「よし、今夜も飲みに行こうよ。 みんなで。」 「そうだな、藤沢には申し訳ないけれど、落ち込んでばかりもいられないからな。」
竹下浩二も沼井を誘って飲みに出掛けて行った。 「私たちも行きましょうよ。」
初枝はいつもの人懐っこい笑顔で俺たちに声を掛けてきた。 「また丸一?」
「そうそう。 あそこは出直しを掛けた店だから。」 そんなわけでいつもの五人組は連れ立って丸一へ、、、。
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