二人でお酒を飲みたいね。
 翌日は月曜日。 いつもと変わらぬ風景が俺を待ち受けている。
相談室に入り、コーヒーを飲みながら時間を潰していると、、、。 トントントン。
「どうぞ。」 「やあ、高木君。 暇かね?」
何かの包みらしい袋をぶら下げて入ってきたのは河井だった。 「何かご相談でも?」
「そうそう。 ご相談なのよ。 生の八つ橋を食べてもらおうと思ってねえ。」 「お、沼井君はどうだった?」
「金隠しなんて行ったものだから興奮しちゃってさあ。」 「金隠し?」
「いやいや、金閣寺だよ。 何言ってんだ 高木君。」 「河井君が言うっから、、、。」
「あはは。 それもそうだ。 ところでさあ、舞妓さんと飲むのもいいもんだぞ。 今度一緒に行こうな。」 「そうだなあ。 ここもなんとか暇だからいいかも。」
そこへ、、、。 トントントン。
「またまたご相談者だねえ?」 河井が振り向くとすっきりした顔で沼井が入ってきた。
「おやおや、沼井さん。 ご相談ですか?」 「そうなんだよ河井君。 君をちょっとばかり懲らしめようと思ってなあ。」
「何ですか社長さん。 私は何もしておりませんが。」 「しただろう? 高木君と内緒話を、、、。」
「しておりませんねえ。」 「舞妓さんと飲みに行こうって言っただろう?」
「何で知ってるの?」 「多分、君だったら言うだろうなと思っていたら案の定か。 やっぱり宴会部長だなあ。」
「社長に引っかけられたあ。 こりゃ大変だ。」 「ままま、今日も頑張ってよ。 最近はねえ、売り上げが上がってるからさ。」
「分かりましたでございました。」 「何だそら?」
河井がおどけて出て行ったものだから俺も沼井も顔を見合わせて笑ってしまった。
「河井といい、栄田といい、柳田さんといい、みんなよくやってくれてるな。」 「やっと会社も立て直しが始まったところです。 風通しが良くなるのはこれからですよ 社長。」
「そうだな。 高木君が仕切ってくれたおかげで俺も安心して次を任せられるよ。」 「まだまだこれからですよ 沼井さん。」
「それはそうだがね。 次の社長はぜひ柳田さんにお願いしたいんだ。 彼女の発想は俺には無い物ばかりだ。」
「初枝にですか?」 「そうだよ。 君だって支え涯が有るだろう?」 「そうですねえ。」
俺は話しながら時計を見た。 「そろそろ会議じゃないですか?」
「おっといけない。 忘れるところだったよ。」 「柳田さんにお仕置きされますよ。」
「そうだそうだ。 まあまた来るよ。」 沼井は書類を抱え直してから部屋を出て行った。

 相談室に来てから数か月。 相談者は今のところ居なくて問題は無さそうに見える。
まあね、栄田や河合たちもうまく立ち回ってくれてるから問題らしい問題も起きないのだろう。
 「こんにちはーーーーー。」 尚子が入ってきた。
「紅一点の尚子ちゃんでーーーーす。」 「ぶ、、、。」
「ぶって何よ ぶって。」 「いやいや、急に入ってくるからさあ。」
「ダメだった?」 「ダメとは言わないけど、、、。」
「けど何? 私ねえ、今日は不満なの。」 「あらあらどうして?」
「抱いてくれないからよーーーー。」 「何だそっちか。」
「そっちかは無いでしょう? 女の子には重大問題なのよ。 分かってるかしら?」 「女の子ねえ。」
「えーーーーー、私を虐めたら訴えちゃうわよーーーー。 高木さん。」 「分かった分かった。」
「内緒にするから抱いてね。 こ、ん、や。」 「ケーケーケー。
尚子は俺の顔をまっすぐに見詰めてキスをしてきた。 「おいおい、会社だぞ。」
「いいの。 好きだから。」 「まあいいか。」
俺は尚子との久しぶりのキスに萌えてしまった。 たまにはいいもんだなあ。
 昼からは部署回りをする。 事務室、開発室、営業部、カスタマーセンター、、、。
そして総務部。 以前より規模は小さくなったが新鮮な空気を感じる。
総務部長は栄田君である。 飲み会はさすがに無いようだが、、、。
尚子は事務室の主任をしている。 毎月、あれこれと資料を作っては部長に指示をしているようだ。
そして普段はショールームに入り浸って売り子をしている。 愛嬌が有るからって初枝に推されたんだ。
そこにはもちろん河井も居る。 時々は皿回しらしい芸も見せてくれるという。
「あいつ、いつの間にあんなことが?」 「前からやりたかったんだって。」
「へえ。 河井にしては似合ってるじゃないか。 舞妓担当だけじゃないんだねえ。」 「そりゃ無いよ 社長。」
河井が泣きべそをかいて見せるものだからお客さんまで笑い出している。 「ここは安心だな。」
沼井は会議の疲れも忘れてショールームを見回るのであった。
 これまでに開発してきた商品も並んでいる。 特に派手な宣伝はしない。
だって通り沿いにでかでかと看板が立っているのだから。 このショールームの裏には福沢と吉沢の慰霊碑が立っている。
沼井も俺も出勤したらまずはここへ来て手を合わせるんだ。 「いいやつだったのになあ、、、。」
後ろでボソッと呟く人が居る。 誰かと思って振り向いたら吉沢を引き抜いてきた加藤三郎だった。
「加藤さんもあいつを知ってたんですか?」 「いや、物静かでいろいろと考えているやつが居るって友達に教えてもらったんだよ。 それで引き抜いたんだが、、、。」
彼は4年前に定年を迎えて今は一人暮らし。 去年、奥さんを亡くして時々は息子の世話になっているという。
加藤さんは吉沢が自殺したあの日、ショックで寝込んでしまったと聞いている。 自分の責任だと思っていたのだろうか?
「親父が寝込んだってその人は帰ってこないんだよ。 親父のせいじゃないんだから、、、。」 息子さんはそう言って宥めていたという。
慰霊碑に手を合わせた沼井は静かに社長室へ入っていく。 そこにも吉沢や福沢の写真が掛けてある。 「いい加減、写真を外したらどうなんですか?」
栄田や初枝は何度も助言したが沼井が外すことは無かった。 「俺にとってはいい部下だったんだ。 見殺しには出来ないよ。」
そんな時の沼井は口に出来ないほど沈痛な顔をしている。 それを見かねた河井たちが京都旅行を仕組んだのだった。

 仕事が終わると夕日を追い掛けるように社を出る。 「高木さん 一緒に帰りましょう。」
バッグを持った尚子が俺を追い掛けてくる。 河井たちがタクシーで俺を追い越していった。
「今日もさあ、飲みましょうよ。 丸一で。」 「そうだね。 そうしようか。」
二人で話しながら駅前通りへ向かう。 ラッシュアワーは始まったばかり。
(今日もこれといって問題は起きなかった。 嵐の前の静けさかもしれないが、、、。)
 「最近、奥さんから連絡は来ないの?」 「たぶん忙しいんだろうね。」
「それも寂しいなあ。 ずっと隣に居たわけでしょう? 電話くらい、、、。」 「まあまあ、そんな時も有るさ。」
「高木さんは寂しくないの? まあ尚子ちゃんが居れば大丈夫よね?」 「んんんんんん、、、。」
「何よそれ? 私じゃあ不満ですか?」 「いや、そうじゃないんだよ。」
「だったら、、、。」 尚子は寂しそうな顔をして俺にくっ付いてきた。
 今夜も丸一は大賑わいである。 いつものように奥のボックスへ入っていく。
「今夜もビールで乾杯ね。」 「そうだねえ。」
メニュー表を見ながら尚子はあれやこれやと注文していく。 隣のテーブルは女ばかりらしい。
(いつも賑やかだなあ。) ビールを飲みながら俺は周りを見回した。
「よそ見しないの。」 尚子が割りばしで突っついてきた。
「あう、、、。」 「ほんとにもう、、、。 尚子ちゃんが居るんだからいいでしょう?」
「ごめんごめん。」 「謝ればいいと思って、、、。」
今夜の尚子はどこかイライラしているようだ。 「私、生理が始まると機嫌悪いから気を付けてね。」
そう言ったことを思い出す。 そして俺はビールを飲んだ。
< 45 / 62 >

この作品をシェア

pagetop