二人でお酒を飲みたいね。
俺はカスタマーセンターの椅子に座ってホームページを見ている。 デザインも新しくなってアクセスも増えたようだ。
「ゴミメールはどうしてる?」 「そこのノートに挟んで有りますよ。」
「え? 捨ててないの?」 「高木さんがそうだったから真似して置いてあります。」
センター長の清水博が澄ました顔で答える。 パソコンの横に置いてあるノートを開いてみる。
確かにいろんなメールがプリントされて挟まれていた。 「懐かしいけど嫌だなあ。」
「何で?」 「俺は確かに暇潰しにやってたけど、、、。」
「暇潰しだったんですか? てっきり好きでやってるのかと、、、。」 「あらあら、、、そう思われてたのかね?」
「だって、、、噴き出したり嫌そうな顔したりしてたから、、、。」 「そりゃねえ、毎日見てるんだ。 嫌にもなるよ。」
「そんなもんなのかなあ?」 「こっちの注文も増えてるようだね?」
「ええ。 最近は複数の注文を一気にやってくる人も居て、、、。」 「そうか、、、。 それじゃあ忙しいな。」
「まあね、発送するのはショールームからなんですけど、、、。」 俺は外を見た。
ショールームには客がパラパラと入っていくのが見える。 家族連れも居るようだ。
「訪問販売とは変わりましたねえ。 こっちのほうがいいみたい。」 「そりゃあ、訪問は当たり外れが大きいからね。」
「買ってくれる人は毎回買ってくれてたんですけどね。」 「それだって本心かどうか分からないよ。」
「付き合いで買ってくれる人も居たって聞いてます。」 「それは悪いよ。 相手に気を遣わせたんじゃどうしようもない。」
「そうですよねえ。 販売員が女性だったら特にそうなるらしい。」 「有り得るな。」
廊下を走ってくる人が居る。 (誰だろう?)と思ってドアを開けてみると誰も居ない。
「おかしいな、、、。 確かに走っている人が居たのに。」 「幽霊ですよ。 たまにそんな足音がするんです。」
「何だって? 幽霊?」 そこへ沼井が入ってきた。
「社長、、、どうしたんですか?」 「たまの息抜きに回ろうと思ってさ。」
「じゃあ、さっきの足音は?」 「足音? 何のことだ?」
「社長じゃないんですか? 急いでるようだったけど、、、。」 「おいおい、ぼくは社内で走ったりしないよ。」
「じゃあやっぱり?」 「何だね、高木君。」
「今ね、幽霊の話をしてたんですよ。 たまに幽霊の足音が聞こえるって。」 「ほんとかね?」
沼井は驚いた顔で清水を見た。 「そうです。 ここ数か月 センターでは噂になってます。」
「ここは確か、、、。」 「前は物置だった部屋です。」
「そうだ。 この部屋だ。」 「何がです?」
「20年前にここで自殺した女性社員が居るんだよ。」 「また自殺ですか?」
「そうだ。 その時は誰かに殺されたように思われたんだがね。」
「その事件を詳しく教えてください。」 清水は身を乗り出してきた。
20年前の5月のことだった。 販売部の女性社員が行方不明になったんだ。 先代の社長も青くなって探し回っていた。
目立つような子ではなかったんだ。 大卒ですぐに入社して販売部に配属された。
名前は吉川恵子。 静かで丁寧に仕事をする女の子だった。
ゴールデンウィークが終わってすぐだったね。 家にも帰ってこないってお母さんから連絡が入ったんだ。
それで販売部を中心に外回りの捜索をした。 けれど見付からない。
警察にも捜索願を出して探してもらっていた。 その三日後、、、。
たまたま物置に物を取りに行った社員が大きなダンボール箱を見付けた。 (おかしいな。)と思って開けてみたら恵子がそこに居た。
全裸で首には紐が巻かれていたらしい。 みんなは誰かに殺されたんだと思った。
でもこの数日、物置に入った人は居ない。 休み明けで忙しくはしていたが、恵子と関わった人間も居なかった。
警察も調べてくれたが、他殺に見せかけた自殺だという結論に至ったらしい。
しかし恵子が自殺する理由も見当たらなかったんだ。 特に争ってるような話も聞かなかったしね。
だから、この事件については未だに理由が分からない。
「そうだったんですか。」 清水はやり場のない溜息を吐いた。
「まあね、若い娘さんのことだ。 突発的に死にたくなったとしても不思議じゃない。」 「供養はしたんですか?」
「数年はしてたよ。 でもいつか忙しくなってしなくなったんだね。 もう一度、きちんとした形で弔ってやろう。」
「そうですね。 いくら何でも忙しいからってほったらかしにされたんじゃ浮かばれませんよ。」 「しかしまあ、自殺者が多いなあ。」
その言葉に沼井は表情を歪めた。 「そうだな。」
それから俺は相談室に戻ってきた。 すると、、、。
尚子が青ざめた顔で入ってきた。 「どうしたんだい?」
「どうしたもこうしたもないのよ。 事務所に戻ったら鏡に女の幽霊が、、、。」 珍しく尚子が震えている。
「幽霊?」 「そうなの。 髪の長い女の人だった。」
「見えたのか?」 「見るも見ないも無いわよ。 ドアを開けたら目の前に居たんだから。」
「それってもしかして自分の姿を写したんじゃ?」 「あのねえ、高浜さん 私はショートなのよ。」
「それじゃあおかしいな。」 高浜裕作は腕を組んだ。
「とにかくさ、恵子さんの供養が先だ。 誰か供物を買って来てくれないか?」 河井もこの話にはびっくりである。
「そんなことが有ったんですか? 信じられないなあ。」 「無理も無い。 河井君は事件の後に入ったんだからな。」
「それにしてもここは自殺者が多く出る場所だな。 移転したほうが?」 「前からその話は有るんだよ。 でも決められなかった。」
「何で?」 「駐車場の問題も有るし、ここは元は先代の土地だったから。」
「それじゃあ、、、動けないな。」 「そうなんだ。 先代が亡くなって解決するかと思われたんだが、取締役に先代の兄が居てね。 動かせなかったんだよ。」
「今はどうなんです?」 「登記上は会社の物になってる。 相続権を放棄してくれたから買ったんだ。」
「お清めでもしたら?」 「それはまずいよ。 第一、お清めって言ったって、、、。」
「そうか、、、。 じゃあやれることは無いわねえ。」 話し合っていた人たちは一応に口を噤んでしまった。
しばらくして女子社員が供物を持って帰ってきた。 リンゴだの饅頭だの、お菓子だのと、いろいろ有る。
「たっくさん買って来ちゃった。」 「おやつの時間みたいだなあ。」
「失礼ね。 これでも選んで買ったんですからね。」 「わりいわりい。」
「さてと、沼井君も呼んできてくれないか? 6月にでも慰霊祭をやらなきゃと思ってるんだ。」 「分かりました。」
そんなわけで俺も沼井も忘れかけていた事件を思い出したのだ。 何とも後味の悪い事件だった。
社内で自殺していたんだからしばらくはみんなで黒い腕章を着けて仕事をしたもんだよ。 物置には入れなかったなあ。
以来、あの部屋は使われずに放置されたんだ。 退社時間頃になると鳴き声が聞こえるとか足音がするとか聞いたっけな。
その日も俺たち三人はすっきりしたいなと思って丸一に飛び込んでいった。 「今夜も飲み会ね。」
初枝はビールを飲みながら俺たちの顔を交互に見やるのである。 シシャモを齧りながら俺は考えた。
(今頃、康子はどうしているだろう?) 「あぐ、、、。」
そこへ尚子の割り箸が飛んできた。 「また余計なことを考えてるでしょう? 帰っちゃうわよ。」
「ごめんごめん。」 「ごめんって言えばいいと思ってるでしょう? 本気なのよ。」
「まあまあ、怒らない怒らない。」 初枝はビールを尚子に差し出した。
「落ち着こうねえ。 花嫁さん。」 「え? 誰が?」
「あなたよ。 あ、な、た。」 「私が?」
「そうじゃなくて?」 「うーーーーーん、微妙だなあ。」
「何それ?」 「こんなに愛してるのに分かってくれないのよ この人。」
「しょうがないわよ おじさんなんだから、、、。」 「そっか。」
俺は顔を伏せるしかない。 まだまだ決断できないのだから。
「さてと、、、次は何を飲もうかなあ?」 「高木さんを飲んじゃえば?」
「
「ゴミメールはどうしてる?」 「そこのノートに挟んで有りますよ。」
「え? 捨ててないの?」 「高木さんがそうだったから真似して置いてあります。」
センター長の清水博が澄ました顔で答える。 パソコンの横に置いてあるノートを開いてみる。
確かにいろんなメールがプリントされて挟まれていた。 「懐かしいけど嫌だなあ。」
「何で?」 「俺は確かに暇潰しにやってたけど、、、。」
「暇潰しだったんですか? てっきり好きでやってるのかと、、、。」 「あらあら、、、そう思われてたのかね?」
「だって、、、噴き出したり嫌そうな顔したりしてたから、、、。」 「そりゃねえ、毎日見てるんだ。 嫌にもなるよ。」
「そんなもんなのかなあ?」 「こっちの注文も増えてるようだね?」
「ええ。 最近は複数の注文を一気にやってくる人も居て、、、。」 「そうか、、、。 それじゃあ忙しいな。」
「まあね、発送するのはショールームからなんですけど、、、。」 俺は外を見た。
ショールームには客がパラパラと入っていくのが見える。 家族連れも居るようだ。
「訪問販売とは変わりましたねえ。 こっちのほうがいいみたい。」 「そりゃあ、訪問は当たり外れが大きいからね。」
「買ってくれる人は毎回買ってくれてたんですけどね。」 「それだって本心かどうか分からないよ。」
「付き合いで買ってくれる人も居たって聞いてます。」 「それは悪いよ。 相手に気を遣わせたんじゃどうしようもない。」
「そうですよねえ。 販売員が女性だったら特にそうなるらしい。」 「有り得るな。」
廊下を走ってくる人が居る。 (誰だろう?)と思ってドアを開けてみると誰も居ない。
「おかしいな、、、。 確かに走っている人が居たのに。」 「幽霊ですよ。 たまにそんな足音がするんです。」
「何だって? 幽霊?」 そこへ沼井が入ってきた。
「社長、、、どうしたんですか?」 「たまの息抜きに回ろうと思ってさ。」
「じゃあ、さっきの足音は?」 「足音? 何のことだ?」
「社長じゃないんですか? 急いでるようだったけど、、、。」 「おいおい、ぼくは社内で走ったりしないよ。」
「じゃあやっぱり?」 「何だね、高木君。」
「今ね、幽霊の話をしてたんですよ。 たまに幽霊の足音が聞こえるって。」 「ほんとかね?」
沼井は驚いた顔で清水を見た。 「そうです。 ここ数か月 センターでは噂になってます。」
「ここは確か、、、。」 「前は物置だった部屋です。」
「そうだ。 この部屋だ。」 「何がです?」
「20年前にここで自殺した女性社員が居るんだよ。」 「また自殺ですか?」
「そうだ。 その時は誰かに殺されたように思われたんだがね。」
「その事件を詳しく教えてください。」 清水は身を乗り出してきた。
20年前の5月のことだった。 販売部の女性社員が行方不明になったんだ。 先代の社長も青くなって探し回っていた。
目立つような子ではなかったんだ。 大卒ですぐに入社して販売部に配属された。
名前は吉川恵子。 静かで丁寧に仕事をする女の子だった。
ゴールデンウィークが終わってすぐだったね。 家にも帰ってこないってお母さんから連絡が入ったんだ。
それで販売部を中心に外回りの捜索をした。 けれど見付からない。
警察にも捜索願を出して探してもらっていた。 その三日後、、、。
たまたま物置に物を取りに行った社員が大きなダンボール箱を見付けた。 (おかしいな。)と思って開けてみたら恵子がそこに居た。
全裸で首には紐が巻かれていたらしい。 みんなは誰かに殺されたんだと思った。
でもこの数日、物置に入った人は居ない。 休み明けで忙しくはしていたが、恵子と関わった人間も居なかった。
警察も調べてくれたが、他殺に見せかけた自殺だという結論に至ったらしい。
しかし恵子が自殺する理由も見当たらなかったんだ。 特に争ってるような話も聞かなかったしね。
だから、この事件については未だに理由が分からない。
「そうだったんですか。」 清水はやり場のない溜息を吐いた。
「まあね、若い娘さんのことだ。 突発的に死にたくなったとしても不思議じゃない。」 「供養はしたんですか?」
「数年はしてたよ。 でもいつか忙しくなってしなくなったんだね。 もう一度、きちんとした形で弔ってやろう。」
「そうですね。 いくら何でも忙しいからってほったらかしにされたんじゃ浮かばれませんよ。」 「しかしまあ、自殺者が多いなあ。」
その言葉に沼井は表情を歪めた。 「そうだな。」
それから俺は相談室に戻ってきた。 すると、、、。
尚子が青ざめた顔で入ってきた。 「どうしたんだい?」
「どうしたもこうしたもないのよ。 事務所に戻ったら鏡に女の幽霊が、、、。」 珍しく尚子が震えている。
「幽霊?」 「そうなの。 髪の長い女の人だった。」
「見えたのか?」 「見るも見ないも無いわよ。 ドアを開けたら目の前に居たんだから。」
「それってもしかして自分の姿を写したんじゃ?」 「あのねえ、高浜さん 私はショートなのよ。」
「それじゃあおかしいな。」 高浜裕作は腕を組んだ。
「とにかくさ、恵子さんの供養が先だ。 誰か供物を買って来てくれないか?」 河井もこの話にはびっくりである。
「そんなことが有ったんですか? 信じられないなあ。」 「無理も無い。 河井君は事件の後に入ったんだからな。」
「それにしてもここは自殺者が多く出る場所だな。 移転したほうが?」 「前からその話は有るんだよ。 でも決められなかった。」
「何で?」 「駐車場の問題も有るし、ここは元は先代の土地だったから。」
「それじゃあ、、、動けないな。」 「そうなんだ。 先代が亡くなって解決するかと思われたんだが、取締役に先代の兄が居てね。 動かせなかったんだよ。」
「今はどうなんです?」 「登記上は会社の物になってる。 相続権を放棄してくれたから買ったんだ。」
「お清めでもしたら?」 「それはまずいよ。 第一、お清めって言ったって、、、。」
「そうか、、、。 じゃあやれることは無いわねえ。」 話し合っていた人たちは一応に口を噤んでしまった。
しばらくして女子社員が供物を持って帰ってきた。 リンゴだの饅頭だの、お菓子だのと、いろいろ有る。
「たっくさん買って来ちゃった。」 「おやつの時間みたいだなあ。」
「失礼ね。 これでも選んで買ったんですからね。」 「わりいわりい。」
「さてと、沼井君も呼んできてくれないか? 6月にでも慰霊祭をやらなきゃと思ってるんだ。」 「分かりました。」
そんなわけで俺も沼井も忘れかけていた事件を思い出したのだ。 何とも後味の悪い事件だった。
社内で自殺していたんだからしばらくはみんなで黒い腕章を着けて仕事をしたもんだよ。 物置には入れなかったなあ。
以来、あの部屋は使われずに放置されたんだ。 退社時間頃になると鳴き声が聞こえるとか足音がするとか聞いたっけな。
その日も俺たち三人はすっきりしたいなと思って丸一に飛び込んでいった。 「今夜も飲み会ね。」
初枝はビールを飲みながら俺たちの顔を交互に見やるのである。 シシャモを齧りながら俺は考えた。
(今頃、康子はどうしているだろう?) 「あぐ、、、。」
そこへ尚子の割り箸が飛んできた。 「また余計なことを考えてるでしょう? 帰っちゃうわよ。」
「ごめんごめん。」 「ごめんって言えばいいと思ってるでしょう? 本気なのよ。」
「まあまあ、怒らない怒らない。」 初枝はビールを尚子に差し出した。
「落ち着こうねえ。 花嫁さん。」 「え? 誰が?」
「あなたよ。 あ、な、た。」 「私が?」
「そうじゃなくて?」 「うーーーーーん、微妙だなあ。」
「何それ?」 「こんなに愛してるのに分かってくれないのよ この人。」
「しょうがないわよ おじさんなんだから、、、。」 「そっか。」
俺は顔を伏せるしかない。 まだまだ決断できないのだから。
「さてと、、、次は何を飲もうかなあ?」 「高木さんを飲んじゃえば?」
「