二人でお酒を飲みたいね。
第8章 祈り
家に帰ってくると康子が居間でお茶を飲んでいた。 「お帰り。」
「ごめんなあ。 一人にしちゃって、、、。」 「いいのよ。 社員のことだから。」
「実はさ、昼に死んじゃったんだ。」 「そう。 助からなかったのね?」
「それで今夜は祭場に、、、。」 「一人で行くの?」
「康子も来るか?」 「うーーーーーん、いいわ 行く。」
それで俺たちはなるべく黒っぽく見える服をあしらって外へ出た。 「尚子さん、、、だったわよね?」
「ああ。」 「再婚はしなかったんだ。」
「どうもそんな気になれなくてさ、、、。」 「しちゃえば良かったのに。」
「どうなんだろうなあ?」 「煮え切らないから死んじゃったのよ。」
「え?」 「あなたは最後の最後に決断できないの。 だからダメなのよ。」
康子にまでお説教をされてしまった。
食事を済ませてから祭場に入る。 部屋の奥には棺が置かれている。
「寂しかったわねえ。 誰も居なかったんでしょう?」 康子は棺の蓋を開けてみた。
「可愛い人じゃないの。 なんで捕まえなかったの?」 「いや、それは、、、。」
俺がもじもじしている所へ河井たちが入ってきた。 「おー、居たぞ。」
「居たぞ、、、じゃなくてだなあ。」 栄田も渋い顔をしている。
「よし。 今夜はささやかに飲み会だ。」 「また飲むの?」
「だって尚子ちゃんも賑やかなのが好きだったんだからさ。」 「でも宴会はなしよ。」
「分かってるってーーーー。 私に任せなさい。」 「河井君が一番危ないわ。」
その後、会社の連中が集まってきた。 顔を見ただけで帰った人も居たけれど、、、。
「お通夜はどうするんだね?」 「みんなで楽しく飲んで送りたいと思ってますよ。」
「そうそう。 尚子ちゃんってね、湿っぽいのが嫌いだったの。」 「そうだったのか。」
お茶を飲んでいた沼井は俺の隣に座っている康子に気付いた。 「あなたは?」
「元妻の康子です。」 「あなたが奥さんだったんですか。 いい人じゃないか。 高木君。」
「ま、まあ。」 「照れてないで発表しなさいよ。 復縁するって。」
「え?」 「何だ、嫌なのか?」
「そんなわけでも、、、。」
今日の俺は追い込まれてばかりだ。 ほんとに弱虫なんだなあ。
やがて棺の前にテーブルが置かれ、夕食が並んだ。 日本酒まで用意されている。
沼井は日本酒を注ぐと集まった人たちを見回して口を開いた。
「今夜はありがとう。 尚子ちゃんのためにこんなに大勢集まってくれて。 彼女は働き者だった。 私も厳しく言われたことが何度も有る。
そんな彼女が逝ってしまって寂しくなるけれど、今夜は楽しく飲もうじゃないか。 そして彼女を明るく見送ろうじゃないか。」
数人が声も無く頷いた。 「乾杯しよう。」
いつもここでおどけて見せる栄田もどっか神妙な顔である。 「尚子ちゃん 今は何処に居るのかなあ?」
「そこよ そこ。」 初枝が俺の隣を指差す。
河井も納得したらしく俺の隣に猪口を置いた。
時々、棺の蓋を開けて尚子の顔を見詰めているやつが居る。 かと思えば手を握っているやつも居る。
俺も沼井も何も言わずにそれを見詰めている。 (人気者だなあ。)
互いに同じことを考えていたりする。 康子が俺の腕を引っ張った。
「何?」 「あなたはしなくてもいいの?」
「何を?」 「ああやってさ、、、最後のお別れを。」
「今はまだ、、、。」 それを聞いた康子はまた真剣な顔になった。
「あなたねえ、私が居ない間、付き合ってもらってたんでしょう? 何とも思わないの? きちんとお別れしてきなさい!」
その声に驚いたのは沼井だった。 「行こうよ。」
そう言って俺の肩を叩くのである。
考えてみればこれまでずっと尚子にリードされてきた。
あの喫茶店に入った時もそうだった。
丸一の前で刺された時も尚子は康子以上に心配してくれていた。
蓋を開けてみる。 いつもと変わらない笑顔である。 その顔を見詰めたまま、俺は何も言えなかった。
やがて食事会は終わった。 沼井たちも腰を上げて帰っていく。
「高木さんはこれからどうするんだい?」 「尚子ちゃんを一人にするわけにもいかないから朝まで残るよ。」
「じゃあ、康子さんは?」 「私は帰ってもいいわよ。」
「じゃあ、俺が送るよ。 おやすみ。」 「明日は葬式だね? 10時に来るから。」
「分かった。 明日もよろしく。」
10時近くになるとさすがに話し声もしなくなって祭場全体が静かになった。
昔はネズミ対峙が目的で寝ずの番をしたというのだが、今ではそんな必要も無い。
それでも仕来りどうりに蝋燭は灯し続けている。 俺はふと棺桶の蓋を外してみた。
そして尚子を抱き上げてみた。 冷たくなってはいるが、、、。
誰も居ないこの部屋で床に尚子を寝かせてみる。 そして隣に添い寝する。
「尚子、、、。 俺が殺したようなもんなんだよな。 許してくれ。」 泣きながら腕枕をしてみる。
今でもおどけてくっ付いてきそうな気がする。 抱きしめると「やだあ。 エッチ!」とか言って騒ぎそうだな。
そっとキスをしてみる。 呼吸はしていないのに何かを感じている。 「お前、死んだ振りしてるんじゃないだろうな?」
意地悪く頬を突いてみる。 でもやっぱり反応は無い。
何だか虚しくなってきた俺は尚子と絡み合った。 そう、あの日のように。
翌日、すっかり晴れ渡った空の下、尚子のお別れ会を済ませた俺たちは遺骨を抱いて家に帰ってきた。
「尚子さんってさあ、あなたを本気で愛してたのね?」 「らしいんだ。」
「らしい、、、じゃないわよ。 これを見てよ。」 寝室の箪笥の中から康子は書置きらしいメモを持ってきた。
『高木さんへ。
いつも私を迎え入れてくれてありがとう。
やっと私にも春が来たんだなってそう思ってます。
初めて抱いてくれた時、本気で嬉しかったの。
ずっとこのままで居られたらいいなあ。
私ね、料理頑張っちゃうからお嫁さんでも何でもいいわよ。
いつか高木さんの傍で笑えたら、、、。
中年の一人暮らしは大変だからねえ。
もし告白なんてされたら嬉しすぎて死んじゃうかもだけど。
でもこんな寂しい女の子を捕まえてくれてありがとう。
高木さんの物になれたらいいなあ。』
「ここまで、、、。」 「そう。 あなたが鈍感過ぎたのね。」
俺は返す言葉が無い。 ただベランダで転がっている鉢を見詰めているだけだった。
(あの鉢にも花を植えたいって尚子は言っていた。 なのに俺は何もしなかった。) 「私が戻ってきて良かったわ。 あなたは返事はいいけど、何もしない人だからね。」
その一言にグッと胸を突かれてしまった。 「要するにあなたは見掛け倒しなのよ。 優しいからいいけどね。」
昨夜、俺は久しぶりに尚子を抱いたんだ。 不思議にも生きている時以上に萌えてしまった。
そんな尚子を火葬場に送りながらこれまでのことを振り返っていた。 初めて抱いたあの夜のことも。
炉の前の台に棺桶が載せられる。 「関係者の皆様、最後のお別れをなさってください。」
職員の静かな声に促されて社員たちが別れを告げる。 俺は最後に立った。
「尚子、、、お別れだな。 もっと一緒に居たかった。 もっと楽しく暮らしたかった。 ごめんな。」 そっと頬を撫でてみる。
死に化粧をされているからか、ほんのりと赤く染まっている。 「きれいよね。 尚子ちゃん。」
初枝も泣くのを我慢して顔を見詰めていた。 「よろしければ火葬を始めます。」
棺が炉の中へ消えて分厚い扉が閉まった。 そこで俺たちも外へ出た。
俺にはどうも尚子が近くに居るような気がしている。 さっと風が吹いた。
「もう来ないからいいわよ。」 そう言って相談室を飛び出していった尚子は思い詰めたまま自殺してしまったんだ。
初枝が動転したのも無理は無い。 まさか、尚子が首を吊るなんて思わなかっただろうから。
社内は慰霊祭の準備でごった返していた。 そんな時に自殺なんて、、、。
2時間ほどして火葬が終わり、台が出されると沼井も俺も驚いた。 腰の辺りに小さな何かが埋もれていた。
「これは何だ?」 「おそらく胎児ですよ。 育ち切れなかったんですね。」
沼井はその小さな物体を拾うと骨壺に入れた。 「可哀そうにな。 産みたかっただろうに。」
その言葉がさらに俺の胸に突き刺さってくる。 間違いなく俺なんだ。
尚子は俺の子供を育てようとしていた。 その最中に死んだんだ。
俺は何て罪作りな男だろう? 本気でもない女にこんなことまでさせてしまって、、、。
康子は骨壺を床の間に安置すると俺に言った。 「これからは尚子さんのこともちゃんと見てあげてね。」
「ごめんなあ。 一人にしちゃって、、、。」 「いいのよ。 社員のことだから。」
「実はさ、昼に死んじゃったんだ。」 「そう。 助からなかったのね?」
「それで今夜は祭場に、、、。」 「一人で行くの?」
「康子も来るか?」 「うーーーーーん、いいわ 行く。」
それで俺たちはなるべく黒っぽく見える服をあしらって外へ出た。 「尚子さん、、、だったわよね?」
「ああ。」 「再婚はしなかったんだ。」
「どうもそんな気になれなくてさ、、、。」 「しちゃえば良かったのに。」
「どうなんだろうなあ?」 「煮え切らないから死んじゃったのよ。」
「え?」 「あなたは最後の最後に決断できないの。 だからダメなのよ。」
康子にまでお説教をされてしまった。
食事を済ませてから祭場に入る。 部屋の奥には棺が置かれている。
「寂しかったわねえ。 誰も居なかったんでしょう?」 康子は棺の蓋を開けてみた。
「可愛い人じゃないの。 なんで捕まえなかったの?」 「いや、それは、、、。」
俺がもじもじしている所へ河井たちが入ってきた。 「おー、居たぞ。」
「居たぞ、、、じゃなくてだなあ。」 栄田も渋い顔をしている。
「よし。 今夜はささやかに飲み会だ。」 「また飲むの?」
「だって尚子ちゃんも賑やかなのが好きだったんだからさ。」 「でも宴会はなしよ。」
「分かってるってーーーー。 私に任せなさい。」 「河井君が一番危ないわ。」
その後、会社の連中が集まってきた。 顔を見ただけで帰った人も居たけれど、、、。
「お通夜はどうするんだね?」 「みんなで楽しく飲んで送りたいと思ってますよ。」
「そうそう。 尚子ちゃんってね、湿っぽいのが嫌いだったの。」 「そうだったのか。」
お茶を飲んでいた沼井は俺の隣に座っている康子に気付いた。 「あなたは?」
「元妻の康子です。」 「あなたが奥さんだったんですか。 いい人じゃないか。 高木君。」
「ま、まあ。」 「照れてないで発表しなさいよ。 復縁するって。」
「え?」 「何だ、嫌なのか?」
「そんなわけでも、、、。」
今日の俺は追い込まれてばかりだ。 ほんとに弱虫なんだなあ。
やがて棺の前にテーブルが置かれ、夕食が並んだ。 日本酒まで用意されている。
沼井は日本酒を注ぐと集まった人たちを見回して口を開いた。
「今夜はありがとう。 尚子ちゃんのためにこんなに大勢集まってくれて。 彼女は働き者だった。 私も厳しく言われたことが何度も有る。
そんな彼女が逝ってしまって寂しくなるけれど、今夜は楽しく飲もうじゃないか。 そして彼女を明るく見送ろうじゃないか。」
数人が声も無く頷いた。 「乾杯しよう。」
いつもここでおどけて見せる栄田もどっか神妙な顔である。 「尚子ちゃん 今は何処に居るのかなあ?」
「そこよ そこ。」 初枝が俺の隣を指差す。
河井も納得したらしく俺の隣に猪口を置いた。
時々、棺の蓋を開けて尚子の顔を見詰めているやつが居る。 かと思えば手を握っているやつも居る。
俺も沼井も何も言わずにそれを見詰めている。 (人気者だなあ。)
互いに同じことを考えていたりする。 康子が俺の腕を引っ張った。
「何?」 「あなたはしなくてもいいの?」
「何を?」 「ああやってさ、、、最後のお別れを。」
「今はまだ、、、。」 それを聞いた康子はまた真剣な顔になった。
「あなたねえ、私が居ない間、付き合ってもらってたんでしょう? 何とも思わないの? きちんとお別れしてきなさい!」
その声に驚いたのは沼井だった。 「行こうよ。」
そう言って俺の肩を叩くのである。
考えてみればこれまでずっと尚子にリードされてきた。
あの喫茶店に入った時もそうだった。
丸一の前で刺された時も尚子は康子以上に心配してくれていた。
蓋を開けてみる。 いつもと変わらない笑顔である。 その顔を見詰めたまま、俺は何も言えなかった。
やがて食事会は終わった。 沼井たちも腰を上げて帰っていく。
「高木さんはこれからどうするんだい?」 「尚子ちゃんを一人にするわけにもいかないから朝まで残るよ。」
「じゃあ、康子さんは?」 「私は帰ってもいいわよ。」
「じゃあ、俺が送るよ。 おやすみ。」 「明日は葬式だね? 10時に来るから。」
「分かった。 明日もよろしく。」
10時近くになるとさすがに話し声もしなくなって祭場全体が静かになった。
昔はネズミ対峙が目的で寝ずの番をしたというのだが、今ではそんな必要も無い。
それでも仕来りどうりに蝋燭は灯し続けている。 俺はふと棺桶の蓋を外してみた。
そして尚子を抱き上げてみた。 冷たくなってはいるが、、、。
誰も居ないこの部屋で床に尚子を寝かせてみる。 そして隣に添い寝する。
「尚子、、、。 俺が殺したようなもんなんだよな。 許してくれ。」 泣きながら腕枕をしてみる。
今でもおどけてくっ付いてきそうな気がする。 抱きしめると「やだあ。 エッチ!」とか言って騒ぎそうだな。
そっとキスをしてみる。 呼吸はしていないのに何かを感じている。 「お前、死んだ振りしてるんじゃないだろうな?」
意地悪く頬を突いてみる。 でもやっぱり反応は無い。
何だか虚しくなってきた俺は尚子と絡み合った。 そう、あの日のように。
翌日、すっかり晴れ渡った空の下、尚子のお別れ会を済ませた俺たちは遺骨を抱いて家に帰ってきた。
「尚子さんってさあ、あなたを本気で愛してたのね?」 「らしいんだ。」
「らしい、、、じゃないわよ。 これを見てよ。」 寝室の箪笥の中から康子は書置きらしいメモを持ってきた。
『高木さんへ。
いつも私を迎え入れてくれてありがとう。
やっと私にも春が来たんだなってそう思ってます。
初めて抱いてくれた時、本気で嬉しかったの。
ずっとこのままで居られたらいいなあ。
私ね、料理頑張っちゃうからお嫁さんでも何でもいいわよ。
いつか高木さんの傍で笑えたら、、、。
中年の一人暮らしは大変だからねえ。
もし告白なんてされたら嬉しすぎて死んじゃうかもだけど。
でもこんな寂しい女の子を捕まえてくれてありがとう。
高木さんの物になれたらいいなあ。』
「ここまで、、、。」 「そう。 あなたが鈍感過ぎたのね。」
俺は返す言葉が無い。 ただベランダで転がっている鉢を見詰めているだけだった。
(あの鉢にも花を植えたいって尚子は言っていた。 なのに俺は何もしなかった。) 「私が戻ってきて良かったわ。 あなたは返事はいいけど、何もしない人だからね。」
その一言にグッと胸を突かれてしまった。 「要するにあなたは見掛け倒しなのよ。 優しいからいいけどね。」
昨夜、俺は久しぶりに尚子を抱いたんだ。 不思議にも生きている時以上に萌えてしまった。
そんな尚子を火葬場に送りながらこれまでのことを振り返っていた。 初めて抱いたあの夜のことも。
炉の前の台に棺桶が載せられる。 「関係者の皆様、最後のお別れをなさってください。」
職員の静かな声に促されて社員たちが別れを告げる。 俺は最後に立った。
「尚子、、、お別れだな。 もっと一緒に居たかった。 もっと楽しく暮らしたかった。 ごめんな。」 そっと頬を撫でてみる。
死に化粧をされているからか、ほんのりと赤く染まっている。 「きれいよね。 尚子ちゃん。」
初枝も泣くのを我慢して顔を見詰めていた。 「よろしければ火葬を始めます。」
棺が炉の中へ消えて分厚い扉が閉まった。 そこで俺たちも外へ出た。
俺にはどうも尚子が近くに居るような気がしている。 さっと風が吹いた。
「もう来ないからいいわよ。」 そう言って相談室を飛び出していった尚子は思い詰めたまま自殺してしまったんだ。
初枝が動転したのも無理は無い。 まさか、尚子が首を吊るなんて思わなかっただろうから。
社内は慰霊祭の準備でごった返していた。 そんな時に自殺なんて、、、。
2時間ほどして火葬が終わり、台が出されると沼井も俺も驚いた。 腰の辺りに小さな何かが埋もれていた。
「これは何だ?」 「おそらく胎児ですよ。 育ち切れなかったんですね。」
沼井はその小さな物体を拾うと骨壺に入れた。 「可哀そうにな。 産みたかっただろうに。」
その言葉がさらに俺の胸に突き刺さってくる。 間違いなく俺なんだ。
尚子は俺の子供を育てようとしていた。 その最中に死んだんだ。
俺は何て罪作りな男だろう? 本気でもない女にこんなことまでさせてしまって、、、。
康子は骨壺を床の間に安置すると俺に言った。 「これからは尚子さんのこともちゃんと見てあげてね。」