二人でお酒を飲みたいね。
無言電話は毎晩のように掛かってきた。 出てはすぐに切れるのだ。
会社の連中ではないこともはっきりした。 となると、、、。
昼休み、何食わぬ顔でラーメン屋に行ってみた。 そしていつものようにラーメンを啜っている。
「私もラーメン食べようかなあ。」 そこへ初枝が弾んだ声で入ってきた。
「柳田さんもかい?」 「そうそう、ここのラーメン美味しいんだもん。」
そう言いながら塩ラーメンと焼き飯を頼んでいる。 「食べるなあ。」
「食べないとさあ、やってけないもん。 高木さんはどうなの?」 「俺は、、、。」
何とも言えない顔で丼を見下ろしてみる。 「へえ、塩ラーメンだけで大丈夫なのね?」
「あ、ああ。」 カウンターの奥では涼子がテボを振りながら俺たちの会話を聞いていた。
涼子は結婚もせず、男と付き合うことも無く、ずっと一人で生きてきた。 康子が結婚した後も、離婚した今でも。
そんな康子が別れた男の家に住み着いていることに苛立ってもいた。 それでも康子が倒れたあの日、、、。
康子からの電話を受けて仕事を放り出してまで飛んできたのだった。 「姉さん、、、、。」
玄関先で苦しんでいる康子を見付けて救急車を呼んだ。 麻酔を打たれた姉を見ながら彼女は復讐することを誓ったのだ。
「あの人は許せない。 さんざんにお姉さんを弄んでおいてぬくぬくと暮らしてるなんて許せない。」 病室を出る涼子は何かを企んでいた。
俺たちはそんなことも知らずに康子の見舞いに行ったんだ。 康子は眠っていた。
慰霊祭前日の13日、この日は休みだから俺は家に居る。 ぼんやりとベランダを見詰めながら考え込んでいる。
蜂の朝顔は芽も伸びて育ってきている。 「康子も見たかっただろうな、、、。」
溜息交じりに窓を開ける。 その向こうに誰かが立っているのが見えた。
(涼子じゃないか。) 彼女は俺を見付けると不気味に微笑んで見せた。
何だか俺は金縛りにでもかかったような変な気持ちになってきた。 しかしどうして涼子がここへ?
疑念は解けないままに昼になった。
何人か電話を掛けてきて、明日の準備は全て整ったことを確認した俺は病院へ向かった。
「勝田さんなら退院されましたよ。」 事務員が事も無げに澄ましている。
「退院した?」 「ええ。 身内だって女性が来られて最後は家で看取りたいからって、、、。」
(涼子だ。 涼子が連れて帰ったんだ。 でも何処へ?) 康子は俺の前から消えてしまった。
流動食を摂るくらいに弱っているのだから遠くへは行けないだろう。 ならば、、、。
考えられるのは涼子の家なのだが、何処に住んでいるか俺には分からない。
兎にも角にも明日の慰霊祭を終わらせてからでなければ動けない。 複雑な気持ちで夜を迎えた。
その夜、無言電話は掛かってこなかった。 諦めたのだろうか?
日本酒を飲みながら資料を読み返し、俺は布団に潜った。
翌日はすっかり晴れ渡った穏やかな日曜日である。 慰霊祭の会場には社員や死んだ吉沢たちの家族が集まっていた。
「皆さん、こうしてやっとの思いで慰霊祭を開催することが出来ました。 長らく慰霊できなかったことをお詫びいたします。」
沼井は深々と頭を下げた。 遺族たちも口々に謝意などを伝えている。
別に読経するわけでもなく、線香の匂いが立ち込めることも無く、皆が沈んでいるわけでもない。
四人の遺影を囲んで静かに談笑している。 (これでやっと肩の荷を下ろせるな。)
俺も沼井も同じことを考えていた。 そこへ初枝がおつまみや酒を運んできた。
「昼間から飲むのはどうかと思ったんですけど、みんなお酒が好きだったんで飲みながら語り合いましょう。」
人々の前にコップや小鉢が置かれていく。 河井が音頭を取って宴会が始まった。
「尚子ちゃんたちも飲みたいだろう。」 そう言いながら沼井は遺影の前にコップを置いた。
「笑ってますね みんな。」 「そうだよ。 本当はみんなここで飲みたかったんだ。」
吉沢も藤沢も尚子もみんなみんないいやつだった。 でもみんな死んでしまった。
しかも揃って自分で死んでいったんだ。 この会社が自殺の名所になってしまった。
みんなが歌い始めた。 栄田が真ん中で河井と一緒になって踊っている。
「さあさあ皆さん、盛り上がっている所を失礼します。 吉沢君たちも会社にとっては有能な貴重な存在でした。 彼らのためにも私たちはこれからも営業を続けていきます。 皆さん、お忙しい中でお越し下さり本日はありがとうございました。」
沼井は泣きながら頭を下げた。 そしてみんなは退散していった。
ほろ酔い気分で家に帰ってきた俺は驚いた。 居間に涼子が居たのだ。
「高木さん、これまで姉がお世話になりました。」 「ああ、、、。」
「私も抱いてくれませんか?」 「涼子さんを?」
「そうです。 私を姉だと思って抱いてほしいんです。」 「それは、、、。」
「嫌だったら今ここで私も死にます。」 「それはちょっと、、、。」
言い淀む俺に涼子は迫ってきた。 そしてたじろいでいる俺の前で彼女は服を脱いでしまった。
「これでも抱いてもらえませんか?」 呪いにも似た緊張感が迫ってくる。
俺はついに根負けして涼子を激しく抱いた。 「姉も幸せでした。 あなたを愛していたから。」
涼子は服を着ながらなおも俺に迫ってくる。 「でも姉はあなたのために死ぬんです。 可哀そうでした。」
真っ直ぐに見詰めてくる涼子の視線から俺は逃げられない。 どうしたらいいのだろう?
「康子は、、、?」 「姉ならそこに居ますよ。」
涼子は素っ気なく寝室を指差している。 襖を開けてみると布団の中に康子が寝かされていた。
「病院からは流動食も貰ってきました。 チューブは看護師さんが通してくれていたので流すだけなんですよ。」 涼子はパックを取り上げるとチューブを繋いで流し始める。
「姉さんはあなたを心から愛していました。 でもそれがあなたには最後の最後まで通じなかったんですね。 可哀そうに。」
涼子は眠っている康子の頬を撫でた。 「愛していたのなら今ここで姉も私のように抱いてあげてください。」
俺はただ、二人の顔を見詰めることしか出来ないでいる。 「やっぱり男って卑怯なんだわ。 抱くだけ抱いて後は知らん顔なのね?」
「それは違う。」 「何が違うの? 現に姉はあなたに捨てられたのよ。」
「捨てたんじゃない。 別れただけだよ。」 「別れた後で他の女を抱いてたんでしょう? 捨てたのも同然だわ。」
「いや、それは、、、。」 「相手から飛び込んできたって言いたいんでしょう? でもその前に姉と再会してたじゃない。」
俺は言葉に詰まってしまった。 追及されるまでも無く、現実はそうなのだ。
康子と再会して丸一で飲んだあの日、俺は何も言えなかった。
そのままでここまで来てしまったんだ。 「姉を抱いてくれるわよね? もうすぐ死んでしまうのよ。」
俺を見据えている涼子の目に冒しがたい覚悟を感じたような気がした。
その後、俺は言われるままに康子を抱いたんだ。 眠っている康子は幸せそうに見えた。
「ねえ、高木さん 飲みましょう。」 涼子はなおも俺に挑戦してくる。
「お酒ならいつもの日本酒を用意してあるわよ。 飲んでね。」 コップに酒を注ぎながら涼子は静かに笑った。
その笑顔は康子と同じだった。 姉妹だから似てるのは自然なのだが、それがまた生き写しのように見えてくるのである。
「姉はね、余命3か月どころか、一か月も有るかどうか分からないくらいに重病だったんです。 それでもあなたにここまで尽くしてたんですよ。 悲しいでしょう?」
豆腐を食べながら涼子は話し続ける。
「あの人は不器用で融通が利かないんです。 これだって決めたら突っ走る人なんです。 それで別れたはずのあなたの所へ戻ってきたんですよ。 あの日寝、私もあなたの話を聞いてました。 姉の物好きが始まったなって思ってましたよ。」
「それでこれから、、、。」 「まだ何も考えてないわ。 姉が幸せに死ぬまではね。」
「幸せに死ぬ?」 「そうよ。 あなたに尽くしたいだけ尽くしたんだから今度はあなたに尽くし切ってもらうのよ。」
涼子の含み笑いがどうしても寂しそうに見えるのはなぜだろう? 俺にはどうも理解できない。
そのまま、酔った頭で俺たちは3人枕を並べて寝落ちしたのだった。
会社の連中ではないこともはっきりした。 となると、、、。
昼休み、何食わぬ顔でラーメン屋に行ってみた。 そしていつものようにラーメンを啜っている。
「私もラーメン食べようかなあ。」 そこへ初枝が弾んだ声で入ってきた。
「柳田さんもかい?」 「そうそう、ここのラーメン美味しいんだもん。」
そう言いながら塩ラーメンと焼き飯を頼んでいる。 「食べるなあ。」
「食べないとさあ、やってけないもん。 高木さんはどうなの?」 「俺は、、、。」
何とも言えない顔で丼を見下ろしてみる。 「へえ、塩ラーメンだけで大丈夫なのね?」
「あ、ああ。」 カウンターの奥では涼子がテボを振りながら俺たちの会話を聞いていた。
涼子は結婚もせず、男と付き合うことも無く、ずっと一人で生きてきた。 康子が結婚した後も、離婚した今でも。
そんな康子が別れた男の家に住み着いていることに苛立ってもいた。 それでも康子が倒れたあの日、、、。
康子からの電話を受けて仕事を放り出してまで飛んできたのだった。 「姉さん、、、、。」
玄関先で苦しんでいる康子を見付けて救急車を呼んだ。 麻酔を打たれた姉を見ながら彼女は復讐することを誓ったのだ。
「あの人は許せない。 さんざんにお姉さんを弄んでおいてぬくぬくと暮らしてるなんて許せない。」 病室を出る涼子は何かを企んでいた。
俺たちはそんなことも知らずに康子の見舞いに行ったんだ。 康子は眠っていた。
慰霊祭前日の13日、この日は休みだから俺は家に居る。 ぼんやりとベランダを見詰めながら考え込んでいる。
蜂の朝顔は芽も伸びて育ってきている。 「康子も見たかっただろうな、、、。」
溜息交じりに窓を開ける。 その向こうに誰かが立っているのが見えた。
(涼子じゃないか。) 彼女は俺を見付けると不気味に微笑んで見せた。
何だか俺は金縛りにでもかかったような変な気持ちになってきた。 しかしどうして涼子がここへ?
疑念は解けないままに昼になった。
何人か電話を掛けてきて、明日の準備は全て整ったことを確認した俺は病院へ向かった。
「勝田さんなら退院されましたよ。」 事務員が事も無げに澄ましている。
「退院した?」 「ええ。 身内だって女性が来られて最後は家で看取りたいからって、、、。」
(涼子だ。 涼子が連れて帰ったんだ。 でも何処へ?) 康子は俺の前から消えてしまった。
流動食を摂るくらいに弱っているのだから遠くへは行けないだろう。 ならば、、、。
考えられるのは涼子の家なのだが、何処に住んでいるか俺には分からない。
兎にも角にも明日の慰霊祭を終わらせてからでなければ動けない。 複雑な気持ちで夜を迎えた。
その夜、無言電話は掛かってこなかった。 諦めたのだろうか?
日本酒を飲みながら資料を読み返し、俺は布団に潜った。
翌日はすっかり晴れ渡った穏やかな日曜日である。 慰霊祭の会場には社員や死んだ吉沢たちの家族が集まっていた。
「皆さん、こうしてやっとの思いで慰霊祭を開催することが出来ました。 長らく慰霊できなかったことをお詫びいたします。」
沼井は深々と頭を下げた。 遺族たちも口々に謝意などを伝えている。
別に読経するわけでもなく、線香の匂いが立ち込めることも無く、皆が沈んでいるわけでもない。
四人の遺影を囲んで静かに談笑している。 (これでやっと肩の荷を下ろせるな。)
俺も沼井も同じことを考えていた。 そこへ初枝がおつまみや酒を運んできた。
「昼間から飲むのはどうかと思ったんですけど、みんなお酒が好きだったんで飲みながら語り合いましょう。」
人々の前にコップや小鉢が置かれていく。 河井が音頭を取って宴会が始まった。
「尚子ちゃんたちも飲みたいだろう。」 そう言いながら沼井は遺影の前にコップを置いた。
「笑ってますね みんな。」 「そうだよ。 本当はみんなここで飲みたかったんだ。」
吉沢も藤沢も尚子もみんなみんないいやつだった。 でもみんな死んでしまった。
しかも揃って自分で死んでいったんだ。 この会社が自殺の名所になってしまった。
みんなが歌い始めた。 栄田が真ん中で河井と一緒になって踊っている。
「さあさあ皆さん、盛り上がっている所を失礼します。 吉沢君たちも会社にとっては有能な貴重な存在でした。 彼らのためにも私たちはこれからも営業を続けていきます。 皆さん、お忙しい中でお越し下さり本日はありがとうございました。」
沼井は泣きながら頭を下げた。 そしてみんなは退散していった。
ほろ酔い気分で家に帰ってきた俺は驚いた。 居間に涼子が居たのだ。
「高木さん、これまで姉がお世話になりました。」 「ああ、、、。」
「私も抱いてくれませんか?」 「涼子さんを?」
「そうです。 私を姉だと思って抱いてほしいんです。」 「それは、、、。」
「嫌だったら今ここで私も死にます。」 「それはちょっと、、、。」
言い淀む俺に涼子は迫ってきた。 そしてたじろいでいる俺の前で彼女は服を脱いでしまった。
「これでも抱いてもらえませんか?」 呪いにも似た緊張感が迫ってくる。
俺はついに根負けして涼子を激しく抱いた。 「姉も幸せでした。 あなたを愛していたから。」
涼子は服を着ながらなおも俺に迫ってくる。 「でも姉はあなたのために死ぬんです。 可哀そうでした。」
真っ直ぐに見詰めてくる涼子の視線から俺は逃げられない。 どうしたらいいのだろう?
「康子は、、、?」 「姉ならそこに居ますよ。」
涼子は素っ気なく寝室を指差している。 襖を開けてみると布団の中に康子が寝かされていた。
「病院からは流動食も貰ってきました。 チューブは看護師さんが通してくれていたので流すだけなんですよ。」 涼子はパックを取り上げるとチューブを繋いで流し始める。
「姉さんはあなたを心から愛していました。 でもそれがあなたには最後の最後まで通じなかったんですね。 可哀そうに。」
涼子は眠っている康子の頬を撫でた。 「愛していたのなら今ここで姉も私のように抱いてあげてください。」
俺はただ、二人の顔を見詰めることしか出来ないでいる。 「やっぱり男って卑怯なんだわ。 抱くだけ抱いて後は知らん顔なのね?」
「それは違う。」 「何が違うの? 現に姉はあなたに捨てられたのよ。」
「捨てたんじゃない。 別れただけだよ。」 「別れた後で他の女を抱いてたんでしょう? 捨てたのも同然だわ。」
「いや、それは、、、。」 「相手から飛び込んできたって言いたいんでしょう? でもその前に姉と再会してたじゃない。」
俺は言葉に詰まってしまった。 追及されるまでも無く、現実はそうなのだ。
康子と再会して丸一で飲んだあの日、俺は何も言えなかった。
そのままでここまで来てしまったんだ。 「姉を抱いてくれるわよね? もうすぐ死んでしまうのよ。」
俺を見据えている涼子の目に冒しがたい覚悟を感じたような気がした。
その後、俺は言われるままに康子を抱いたんだ。 眠っている康子は幸せそうに見えた。
「ねえ、高木さん 飲みましょう。」 涼子はなおも俺に挑戦してくる。
「お酒ならいつもの日本酒を用意してあるわよ。 飲んでね。」 コップに酒を注ぎながら涼子は静かに笑った。
その笑顔は康子と同じだった。 姉妹だから似てるのは自然なのだが、それがまた生き写しのように見えてくるのである。
「姉はね、余命3か月どころか、一か月も有るかどうか分からないくらいに重病だったんです。 それでもあなたにここまで尽くしてたんですよ。 悲しいでしょう?」
豆腐を食べながら涼子は話し続ける。
「あの人は不器用で融通が利かないんです。 これだって決めたら突っ走る人なんです。 それで別れたはずのあなたの所へ戻ってきたんですよ。 あの日寝、私もあなたの話を聞いてました。 姉の物好きが始まったなって思ってましたよ。」
「それでこれから、、、。」 「まだ何も考えてないわ。 姉が幸せに死ぬまではね。」
「幸せに死ぬ?」 「そうよ。 あなたに尽くしたいだけ尽くしたんだから今度はあなたに尽くし切ってもらうのよ。」
涼子の含み笑いがどうしても寂しそうに見えるのはなぜだろう? 俺にはどうも理解できない。
そのまま、酔った頭で俺たちは3人枕を並べて寝落ちしたのだった。